グローバルスキル Global Skill

2022年4月19日 手嶋龍一氏による「国家観養成講座」を開催

講師/手嶋 龍一

開催日/2022年4月19日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

 

<手嶋 龍一プロフィール>

慶應義塾大学経済学部卒業後、1974年に日本放送協会(NHK)に入局し、政治部記者として外交・安全保障を担当。87年からワシントン特派員とホワイトハウス・国務省・国防総省を担当し、冷戦終結を宣言したマルタ会談に立ち会う。90年の湾岸戦争では最前線へ。94年にハーバード大学CFIA・国際問題研究所でフェロー。その後、ドイツ支局長を経て、97年からワシントン支局長を8年間務める。この間、2001年の同時多発テロ事件で11日間連続の昼夜中継を担い、冷静で的確な報道で視聴者の支持を得た。05年にNHKから独立後、「日本初のインテリジェンス小説」と評された『ウルトラ・ダラー』を発表。姉妹篇の『スギハラ・サバイバル』と共に50万部を超すベストセラーに。『たそがれゆく日米同盟』、『外交敗戦』、『ブラックスワン降臨』、『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』など著書多数。近著に佐藤優氏との共著『独裁の宴』、『米中衝突』、『公安調査庁』『菅政権と米中危機』(中公新書)がある。2021年2月に神戸を舞台に新しいインテリジェンス小説『鳴かずのカッコウ』を小学館から上梓。外交・安全 保障、インテリジェンス問題を主なテーマに、新聞・雑誌にも寄稿し、コラムニストとしても活躍、一線のビジネスマンや官僚などの指導にも熱心に取り組んでいる。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2022年4月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催致しました。

前回に引き続き、ロシアによるウクライナ侵攻についてご講義いただきました。

今回深谷先生が改めて強調されたのは、ウクライナと日本の3つの共通点でした。
第一は核を放棄したこと、第二は「専守防衛」の体制であることで、第三は軍事同盟に加入していないことです。

懸念される有事を未然に防ぐためには、これらの体制とどう向き合っていくか、見直しという選択肢も含め、「真剣かつ具体的な議論」によって答えを出さなくてはならない段階に来ていることを、深谷先生は再三にわたり強調されました。

自らの国を自ら守るということがどのようなことか、改めて考察を深めた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

徳真会グループ歯科技工士・林直樹による講演会を開催

講師/林 直樹

開催日/2022年3月24日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F、歯科技工所「ワールドラボ」

米国に拠点を構える徳真会グループの歯科技工所『 Ultimate Styles Dental Laboratory』の代表・林直樹による、国内のスタッフに向けた講演会が3月24日に開催致しました。

下積み時代の苦労話から、当グループ代表・松村との出会い、渡米して受けた数々の衝撃、そして現在の活躍に至るまで、その技工士人生を詳しくお話ししていただきました。

歯科技工士に求められる製作に対するストイックさを叩き込まれた日本時代の恩師、世界の一線で活躍するテクニシャンによるセンセーショナルなプレゼンテーションなど、今の林直樹のスタイルに影響を与えた数々の出会いをご紹介いただきました。

最後に、100時間を超す症例を1本の動画にまとめた映像が放映されました。約15分ほどの映像には、患者さまを笑顔にするまでの100時間にわたるプロの仕事が凝縮されていました。

講演の後はグループの歯科技工所「ワールドラボ」にてハンズオン講習会が行われ、国内で働く歯科技工士が世界最高の手技を間近で見学しました。参加者からの質問も一つ一つ丁寧に回答され、一流の技術が未来を担う若手へと伝えられました。

当グループでは今後とも世界を舞台に活躍できる人財の育成に向け、一流講師による研修や日々のスタッフ教育に努めてまいります。

<林 直樹プロフィール>

大阪歯科大学歯科技工士専門学校卒業後、日本のデンタルラボラトリーで日本国内の歯科臨床とその実際を8年間研鑽したのち渡米、ワールドラボUSAのハイクオリティー部門Ultimate Styles Dental Laboratoryのマスターセラミストとなる。世界の厳しい審美的要求を持つ患者と歯科医師に、常に最高の結果で応え続けている。

「第7期 第3回 温故知新塾」を開催しました

講師/深谷 隆司先生

開催日/2022年3月14日

開催場所/徳真会クオーツタワー

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日は、ロシアによるウクライナ侵攻についてご講義いただきました。

一連の問題を受け、私たちが最も憂慮すべき点は、ブタペスト覚書が破られた点であると深谷先生は述べられました。ブタペスト覚書は、ソ連崩壊時にウクライナが所持していた核兵器を放棄することを条件に、アメリカ・イギリス・ロシアがウクライナの安全保障を約束するものでした。このような安全保障を巡る取り決めが破られてしまう可能性を、私たちは憲法9条等の議論においても考慮しなくてはならないと警鐘を鳴らされました。

また、命が狙われる中ウクライナに留まり、決して逃げることなく闘い続けるゼレンスキー大統領を称賛されました。

今世界が最も注目する問題に対し、最前線で国政を動かしてこられた深谷先生ならではの見解をお示しいただき、日本人としてどのように受け止めるか、考察を深めた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

「第7期 第2回 温故知新塾」を開催しました

講師/深谷 隆司先生

開催日/2022年2月21日

開催場所/徳真会クオーツタワー

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

前回に引き続き、コロナ対策として会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

この日は、2月1日に亡くなられた石原慎太郎氏について、その功績やお人柄をお振り返りいただきました。

慎太郎氏は生前、自ら「自分が死んだらつまらなくなる」とおっしゃっていたそうですが、本当にその通りになったと深谷先生はおっしゃいます。慎太郎氏が田中角栄について記した「天才」という著書がありますが、深谷先生の目には慎太郎氏こそが「天才」と映っているそうです。

反日教育を行う朝鮮学校への予算停止、尖閣諸島の買取に向けた動き、ディーゼル車の排ガス規制、東京マラソンの開催、そして東京五輪の招致など、数々の功績を残した都知事の顔のみならず、芥川賞作家、随筆家という3つの顔をもった「天才」の死に、惜別の思いを噛みしめた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第7期 第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2022年1月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

第7期を迎えた温故知新塾の今年第1回目となったこの日も、昨年に引き続きコロナ対策として、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

今回は、深谷先生と当グループ代表・松村がともに慕っている坂村真民先生の詩を数点ご紹介いただいたほか、塾の名称となっている「温故知新」が孔子の「論語」の一節であることを改めて教えていただきました。日本人に優れた道徳心が培われた背景には、中国の国教ともいえる「論語」を日本的に取り入れ、発展させてきた歴史があることを教えていただきました。

また、塾が実現するきっかけとなった当グループ代表・松村との出会いが相撲観戦の席での偶然のものであったことにも触れ、人と人との出会い・めぐりあい・縁の大切さを改めて強調されました。

今期も温故知新塾を通じて多くのことを学ばせていただき、困難な時代を切り開く教養と、塾生同士の次世代を共に牽引していく仲間としての絆を強固なものにしてまいります。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第12回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年12月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による、今期最終回となる温故知新塾が開催されました。 この日も前回に引き続き、感染対策を徹底した体制のもと、実会場での開催が実現しました。

今期を締めくくるにあたり、中国の古典から2つの言葉をご紹介いただきました。

1.「学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困(くる)しむを知る」
→学べば学ぶほど自分に不足しているものがわかり、「教える」ことと「学ぶ」ことは互いの効果を高め合う。

2.「寸心遠近なし、辺地風霜あらん」
→一度出会って交流を深めたら、遠い近いの区別はない。荒ぶる風が吹こうと、激しい霜が降りようと、どこからでも見守っている。

この「寸心遠近なし、辺地風霜あらん」という言葉をお別れのご挨拶とされ、最後に塾生一人ひとりに卒業証書が授与されました。

今期も歴史や時事問題を通じ、困難な時代を切り開いていくための教養をユーモアを交えてご教授いただき、大変実り多き温故知新塾となりました。


「温故知新塾」は、来年も第7期として、1月から毎月第3月曜日(18:30~19:45)、全12回の開催を予定しております。ご興味のある方は下記の連絡先までお気軽にお問い合わせください。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第11回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年11月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期11回目の温故知新塾が開催されました。前回に引き続き、この日も感染対策を徹底した体制のもと、実会場での開催が実現しました。

今回は、先日行われた岸田政権発足後初の衆院選の裏側について、政界でご活躍された深谷先生ならではの視点からお話いただきました。

「大物」と呼ばれる政治家の落選や問題行動が散見されたことをうけ、老子の「功遂げ身退くは天の道なり」(成功したらいつまでもその地位に留まらず、良きところで身を引くのが天の道にかなった生き方である)という言葉をご紹介いただきました。

一方で、解散総選挙の末に始動したばかりの第2次岸田内閣に期待とエールのお言葉を送られました。今回も、政治や選挙に対する着眼点が豊かになった温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第10回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年10月11日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期10回目の温故知新塾が開催されました。この日は今年の6月以来、4か月ぶりに塾生を会場に集めての開催が実現しました。

最初の話題は、各国の新型コロナウイルスのワクチン接種や感染の状況に関するものでした。世界的に感染者は減少傾向にあるものの、引き続きリバウンドに警戒し、感染対策を徹底するよう塾生に呼び掛けられました。

続いて、先日誕生した岸田新首相について、政界でご活躍された深谷先生ならではの視点からご紹介いただきました。生い立ちや経歴、お人柄などに関して数々の貴重なお話をいただき、新たなリーダーについて理解を深めました。

感染者の減少や新首相誕生のお話を通じ、世の中が大きく動くときに深谷先生がどのような観点で物事を捉えているかを学ばせていただいた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第9回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年9月10日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期9回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

この日はまず、先日閉会したばかりのパラリンピックについてお話いただきました。「失ったものを数えるな。残された機能を最大限生かそう。」という素晴らしい理念のもと、活躍された選手たちに多くの感動をもらい、無限の可能性を感じたと振り返られました。

続いて、自民党総裁選についてお話いただきました。誠実で折り目正しい岸田氏、明確なビジョンを持ち、言葉に淀みのない高市氏、SNSの活用など、先進性が光る河野氏と、各候補者の特徴を実際に面識のある深谷先生ならではの視点から語っていただきました。

最後に、前回に引き続き深谷先生が政治家になるまでの道のりについてお話いただきました。2万8千票という大量得票で初当選を果たした都議会議員選挙、中曽根派を離れ無所属での初当選を果たした衆議院議員選挙を振り返られ、いつも支えになってきたという家族や先輩、そして後援会への感謝を口にされました。

当初より「出会い」を大切にしてきた温故知新塾は、この日も人と人とのつながりの大切さを改めて感じる塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第8回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年8月16日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期8回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

この日は、深谷先生が政治家になるまでの道のりについてお話いただきました。このテーマは、深谷先生が月刊誌の連載に記した「満州引き揚げ体験」のお話の反響が非常に大きく、次号にて執筆を依頼されている内容であるそうです。

中学・高校時代の部活動のお話や、大学時代の雄弁会での活動のお話、アルバイトのお話に至るまで、どれも大変貴重な内容でした。

学生時代の一番の功績は、大東亜戦争戦没学徒慰霊顕彰祭を開催されたことであったそうです。このエピソードからも、戦争体験がさまざまな活動の原動力となっていることが窺い知れました。

コロナ禍も戦時中に例えられることがありますが、コロナとの闘いも「終わるかが疑わしくとも決して諦めないこと」が重要と強調され、この日の講義を締めくくられました。

今回も前回同様、壮絶な戦争体験と類まれな努力をされてきた深谷先生からの説得力のあるお言葉に力をいただいた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第7回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年7月12日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期7回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

東京都に再びの緊急事態宣言が発令されたことを受け、今回も収録・配信という形での開催となりました。

今回は、深谷先生が実際にご経験された「満州引き揚げ」についてお話いただきました。

深谷先生は、ご家族の仕事の関係で幼少時代に中国・大連に渡られたのち、終戦を満州ハルピンで迎えられました。その後のソ連対日参戦下における生活から引き揚げに至るまで、深谷先生によって語られた体験談は壮絶なものでした。

ハルピンから日本まで、通常4日のみちのりを40日間、大陸での移動は貨物列車で、日本海の移動は旧日本軍の艦船で、いずれもすし詰めになりながら、食料も貧しい中での移動であったそうです。

それでも皆、祖国を思う気持ちで耐え、日本に辿り着いたときには地面に頬をつけ涙したそうです。

そこで強めた愛国心と、上陸された長崎の沿道で受けた温かい歓迎、「人類史上最短かつ最大の民族移動」となった引揚を必死の努力で実現させた当時の厚生省・引揚援護庁への恩が、深谷先生の政治家人生の原動力となったそうです。

私たちにとって「祖国」とは何か、ということや、「今を精一杯生きているか」を、自らに問い直した温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第6回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年6月21日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期6回目の温故知新塾が開催されました。

長らく収録形式での開催となっておりましたが、この日はようやく塾生を会場に集めての開催が実現しました。実会場での開催は昨年12月以来約半年ぶりのことであり、今期初のこととなります。

昨年同様、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

講義前半は、オリンピックの開催をめぐる議論をはじめ、コロナ禍における様々な人や物事の動向について深谷先生のご意見をお話いただきました。そして後半には、今期これまでオンラインにてお話いただいていた大東亜戦争について、開戦に至った経緯の部分から深堀りしていただきました。

白人国家において「黄禍論」といわれる黄色人種脅威論が存在したこと、多くの非戦闘員の命が奪われた原爆投下の背景など、2度と繰り返されてはならない史実について痛切にお話いただきました。

今回も、私たちが日本人として未来を前向きに捉えるために知っておくべき歴史を深く学ばせていただいた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第5回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年5月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期5回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

東京都に再びの緊急事態宣言が発令されていることを受け、今回も収録・配信という形での開催となりました。

講義前半では、新型コロナをめぐる昨今の世の中の動向についてお話いただきました。若者の路上飲み、ワクチン接種をめぐる混乱、立場のある人物の軽率な言動等について、問題意識を示されました。

後半には、ヘイトクライムが問題となっていることを受け、第一次大戦後のパリ講和会議で日本が人種差別撤廃を提案したことをご紹介いただきました。国際舞台でこのような主張を展開したことを「人類史上画期的な出来事」と評されていました。

「そんな素晴らしい日本人なら、この困難な状況もきっと乗り越えられる」という力強いお言葉とともに、この日の講義を締めくくられました。今年に入り、未だに会場で顔を合わせることが実現していない塾生に向けたエールとなる温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年4月19日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期4回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

東京都に新型コロナウイルス感染症の「まん延防止等重点措置」が適用になったことを受け、今回も収録・配信という形での開催となりました。

この日は、数回に渡って話題にされてきた大東亜戦争の、開戦までの経緯についてご講義いただきました。前段階としての日清戦争において、略奪も強姦もしない日本軍の深い美意識と寛容さが白人観戦武官を驚かせたという事実をご紹介いただきました。

今期はこれまで、未だに塾生を会場に集めての開催が実現しておりませんが、回を重ねるごとに歴史認識、日本人のすばらしさへの理解が深まる温故知新塾となっております。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第3回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年3月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期3回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

新型コロナウイルス感染拡大にともなう緊急事態宣言の継続を受け、第1回・第2回に引き続き、今回も収録・配信という形での開催となりました。

この日は東京裁判について、どのような人物が関わり、どのような経緯で進められ、各国の識者にどのような見方をされてきたのか、などの点からご講義いただきました。

今では当時のアメリカ政府や軍の指導者も東京裁判を否定しており、日本は誇りと自信をもって世界平和のために貢献する役割が期待されています。

歴史を正しく、深く知ることで、日本が国際社会において果たすべき役割を再確認した温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第2回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年2月22日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による今期2回目となる温故知新塾が収録形式で開催されました。

新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言を受け、今期の温故知新塾は第1回・第2回を収録・配信という形で塾生にお届けしております。

この日は、国内外における今日的諸問題についてご講義いただきました。

国内の話題に関しては、オリンピック組織委員会会長の選出をめぐる一連の動きについて言及され、「火中の栗を拾う」橋本氏にエールを送られました。

海外については、新型コロナウイルスの発生源調査をはじめ各種対応が取り沙汰されるWHO、同じく国際機関としてのWTOにおける先進各国の影響力についてお話いただき、そのような国際舞台における日本の発言力・発信力が今後より一層高まることに期待を寄せられました。

温故知新塾の目的を謳った「五誓(ごせい)」には、「日本を支えるリーダーになります」という宣言が含まれています。国際社会における活躍を見据え、国内外の現状を確認し、今後の展望について考えを深める大変良い機会となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2021年2月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が収録形式で開催されました。

新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言を受け、今期の温故知新塾は第1回・第2回を収録・配信という形で塾生にお届けします。

今期初回となったこの日は、温故知新塾の主旨について改めてお話いただきました。「温故知新」が論語の中の言葉であること、塾が実現するきっかけとなった徳真会グループ 松村理事長との出会いが相撲観戦の席での偶然のものであったこと、温故知新塾をそのような人と人との出会い・縁を大切にする塾にしたいとのお考えを、改めてお話しいただきました。

今期も温故知新塾を通じて多くのことを学ばせていただき、困難な時代を切り開いていく力と、塾生同士の次世代を共に牽引していく仲間としての絆を強固なものにしてまいります。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第9回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年12月14日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による、今年最後の温故知新塾が開催されました。

この日もコロナウイルス対策として、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

今期最終回となる今回も、人生や教養を豊かにする様々な言葉をご紹介いただきました。あっという間に過ぎ去った今年1年にちなんでは、「一炊の夢」という故事成語を、当グループ代表の松村が命名した深谷先生による来年開始の月刊誌の連載タイトルからは、「一言九鼎」という四字熟語をご紹介いただきました。

一炊の夢:人生は短く、栄枯盛衰は儚いという意
一言九鼎:心に響く言葉によって相手に安心させ、鼓舞するという意

そして最後に、深谷先生の座右の銘である「夢を求めて生きることの楽しさよ」というお言葉とともに、人生いくつになっても夢や趣味をもつことの大切さを説いていただき、今期の温故知新塾を締めくくられました。

講義後には卒業証書授与式が行われ、塾生の代表1名が深谷先生より賞状を授与されました。

今期も歴史や時事問題を通じて広く、豊かな教養を、ユーモアを交えてご教授いただき、コロナウイルスの影響で回数は例年より少なくなりましたが、大変密度の濃い温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第8回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年11月16日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日もコロナウイルス対策として、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

今回は、深谷先生が東北地方を巡った際の写真やエピソードを伺いながら、各地の歴史や風土について学ばせていただきました。

まず山形県の庄内藩校「致道館」のお話がありました。藩校、寺子屋、そして明治5年に学制が始まってから現在に至るまでの日本の教育の歴史について教えていただきました。
岩手県のエピソードでは、宮沢賢治記念館に行った際のお話をしていただきました。有名な「雨ニモマケズ」が誕生した背景などについて、現地の写真を見ながら教えていただきました。
秋田県は、地元出身の菅総理の誕生に湧いており、深谷先生から見た菅総理についてお話いただきました。菅総理は高校時代、2時間かけて通学されていたそうで、深谷先生は「秋田で暮らしたここが、彼の粘り強さの原点」とおっしゃっていました。

様々な地域や名所をまわられ、その土地土地の歴史や風土に触れられたご旅行のお話をお聞きし、この日も教養の詰まった充実した温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第7回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年10月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日もコロナウイルス対策として、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

今回はまず、先日葬儀が営まれた中曽根康弘元首相との思い出についてお話いただきました。議員時代、深谷先生を大変気にかけてくださった一方で反抗する局面もあったこと、とにかく本を読むよう薦められたこと、「暮れてなお命の限り蝉しぐれ」という句とともに、短い人生を精一杯生き抜くよう説かれたこと等をご紹介いただきました。

また、始動したばかりの菅新首相についてのお話もいただき、今後の歩みに大きな期待を寄せていられました。

偉大な人物の生き方を身近で目にされてきた深谷先生ならではの視点から、日本の未来を担う塾生に向けて数々の貴重な知恵やヒントをいただいた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第6回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年9月14日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日もコロナウイルス対策として、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

今回は、安倍首相のこれまでのあゆみについてご講義いただきました。アベノミクス、国民投票法の成立、集団的自衛権の行使容認、国際社会における立ち回り等、憲政史上最長の任期中に行ってきとことを列挙され、その意志を受け継いだ菅首相の今後を注視したい考えを示されました。

中でも、外交の重要性を強調され、国際社会において各国の首脳から集めた信頼を高く評価されていました。

日本にとっての大きな節目を前にした今回の温故知新塾は、政治に限らず「国際社会で勝負できるか」という視点をもつことの大切さを再考する機会となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第5回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年8月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日もコロナウイルス対策として、会場を2フロアに分け、ソーシャルディスタンスを確保しての開催となりました。

今回は、最近の社会の動向を通じて、様々なことわざや偉人の功績をご紹介いただきました。

冒頭、先日亡くなられた渡哲也さんの素晴らしい生涯を振り返り、「棺を蓋いて事定まる」という言葉をご教授いただきました。死後、改めてその人の真価が決定するという意味であり、渡哲也さんのような価値ある人生を送りたいものだと述べられました。

また、コロナ感染者を少なく抑えられている台湾について、かつての偉大な指導者・李登輝氏や、その台湾に公衆衛生を根付かせ、今日の疫病対策の素地をつくった後藤新平氏の功績についてご教授いただきました。

今回も、先人たちの知恵や言葉、生き方を通じて、現代社会において進むべき道・とるべき心構えを学ばせていただき、密度の濃い「温故知新」が体現されたご講義となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年7月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日も前回に引き続き、コロナウイルスの感染対策として、会場を2フロアに分ける等の工夫を行ったうえでの開催となりました。

今回は、先日行われた都知事選やコロナ問題についてご講義いただきました。

選挙についてはワシントン州を好例として挙げ、候補者や公約の質を一層高めていく必要があるとのお考えを示されました。

コロナ対策としては、多くの感染者を出している施設に対する取り締まりの強化や、憲法に緊急事態下での特別措置に関する文言を一行でも追加することが、状況を好転させるうえでの最善の策とのお考えを示されました。

最後には、何より、このような状況下でも温故知新塾が開催され、塾生に会えることが一番の喜びであるとのお言葉をいただき、ご講義を締めくくられました。前回に引き続き、塾生一同、学びの機会があることの尊さを改めて感じた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第3回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年6月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

新型コロナウイルスの感染対策として、参加者の皆様に検温とマスクの着用にご協力いただいての開催となりました。また、会場を2フロアに分け、1フロアをモニターでの受講にするなど、参加者の密度を下げる工夫のうえに開催させていただきました。

3ヶ月ぶりの開催となった今回は、コロナ騒動に関連する様々な雑学をご教授いただきました。

日本においてマスクの着用が浸透したのは、スペイン風邪が流行したときであったことを教えていただきました。当時は大正デモクラシーのさなかであり、様々な運動が“三密”の中で行われていたそうです。その対策として、マスクの着用が提唱されたそうです。

また、コロナウイルスに関連して話題となった「川崎病」が、地名の川崎ではなく研究者の名前であることを教えていただきました。このような名前のつけられ方は、アルツハイマー病やパーキンソン病も同様であるそうです。

日本における手洗いの効果についても教えていただきました。日本の水道水には塩素が含まれており、この塩素がウィルス等に効果を発揮するそうです。

“Walking Dictionary”(歩く辞書)になってほしいとの思いで、このようにたくさんの雑学を教えていただきました。このような“知恵”に加えて、塾生には「日本モデル」を体現していることに誇りをもち、「日本を支えるリーダーになってほしい」という力強いお言葉をいただき、この日のご講義をしめくくられました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第2回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年2月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

コロナウイルをめぐる各国の対応を問題視される一方、暗い話題ばかりになってはいけないと、後半はご自身の多彩なご趣味についてお話いただきました。深谷先生は、空手、殺陣、タップダンス、飛び込み、スケートなど、実に多くのご趣味をお持ちです。多忙な中、ご趣味の幅も広く、さらには言わずと知れた教養の持ち主でいらっしゃします。

「よくそんなに時間がありますね」と言われるそうですが、「時間がない」は嘘か言い訳であり、時間は「作るもの」ということを教えていただきました。

本業以外にも時間をつくり、自分の世界を豊かにする活動を積極的に行っていきたいと思いました。また、日々仕事をする中でも「時間がない」という言い訳が浮かぶことが多々ありますが、そんなときこそ「なんのためにやっているのか」という大義に立ち返り、どうやったら時間を「作れるか」を考える頭に切り替える癖をつけたいと思いました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2020年1月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

当グループ代表の松村と深谷先生は、大相撲観戦の席で偶然出会われました。その大変優れたお人柄、豊富な知識に惹かれ、その“謦咳に触れる”勉強会を開催したいと設立された温故知新塾も、今年で第5期目を迎えました。

初回となったこの日は、松村との共通の敬意の対象である坂村真民先生の詩を通じて、“出会い・めぐりあい”の素晴らしさを説いていただきました。

また同時に、素晴らしい“出会い”を活かすも殺すも、松村が深谷先生に声をかけ、次に会う約束を取り付けたときのように“口にしたことは必ず実行”“即実行”という気概がなければならないことを教えていただきました。

最後に、日本という国が、外部の様々な思想や文化を取り入れて独自に発展させてきた点にふれ、温故知新塾も歴史の中から様々な思想や知恵を吸収する場であることを再確認して初回を締めくくられました。

今年もよく学び、実り多き1年にしていきたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第12回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年12月23日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

第4期の最終回となった今回は、このほど101歳で逝去された中曽根康弘元首相のお話を中心にご講義いただきました。

中曽根元首相が大事にされた「暮れてなお命の限り蝉しぐれ」という句をご紹介いただきました。政治家人生は蝉の一生のように短いが、命の限り鳴く蝉のように、愛国心の限り、力の限り政治家としての訴えを叫び続けよう、という心構えを詠まれたそうです。深谷先生は、今の政治家にその心構えはあるのかと、様々な観点から問題提起をされました。

1年間のご講義を終え、深谷先生が感じておられることは、五経のひとつ、「礼記」に説かれているそうです。学べば学ぶほど、自分に不足しているものがわかる、ということや、「教える」ことと「学ぶ」ことは互いの効果を高め合う、ということが説かれているそうです。

最後に当グループ代表の松村も、1年間のご講義は何十冊の本を読むよりも有意義なものだったと振り返り、今年の温故知新塾は締めくくられました。

今年も月に一度の濃密な学びを通じ、塾生一同、大変実りある1年となりました。


「温故知新塾」は、来年も第5期として、1月から毎月第3月曜日(18:30~19:45)、全12回の開催を予定しております。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第11回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年11月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

本日は前回に引き続き、先日深谷先生が行かれた「伊勢・高野山の旅行」をテーマにご講義いただきました。

日露戦争の勝利以降、日本を訪れる外国人の増加にともない関西に建てられた随一の迎賓館である奈良ホテル、聖徳太子をお守りしている大阪・叡福寺、最澄・空海ゆかりの高野山、その立派な宿坊である普門院、「徳真」の供養塔がある奥の院のお話など、本日も盛りだくさんの内容でした。

中でも印象的だったのは、聖徳太子のお話でした。17条の憲法を紐解くと、今に通ずる内容ばかりであることをお示しいただきました。深谷先生が強調されていたのは、「大事なことは一人で決めてはならない」というものでした。同じような内容が後につくられた五箇条の御誓文にも含まれており、このようなところに天皇制を背景とした日本民族の歴史の一貫性が垣間見られるとのことでした。

時代が流れても変わらない、普遍の理(ことわり)があることを改めて感じました。私たちも、人として歩むべき道をぶれることなく真っ直ぐに進んでまいりたいと思いました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第10回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年10月21日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

本日は、先日深谷先生が行かれた「伊勢・高野山の旅行」をテーマにご講義いただきました。

伊勢志摩サミットが行われたホテルに泊まられたお話や、伊勢神宮に参拝されたお話など、充実したご旅行のエピソードが語られる中、とりわけ印象的だったのは、本居宣長記念館に行かれたお話でした。

本居宣長は京都にて医学、漢学、国学を学び古事記伝を記した人物ですが、その本居宣長が師と仰いだ賀茂真淵が「学問は基礎が大事。低いところ経て、高きに登ることができる。」という言葉を残しているそうです。

本居宣長は賀茂真淵に生涯一度も会ったことがありません。現代ほどマスメディアが発達していなかった時代に、一度も会ったことのない人物を“心の師”として学びを深めたというエピソードは、まさしく学問、学ぶ姿勢の基礎に立ち返る必要性を説いてくれているように感じました。

今回お話いただけた内容は3泊4日のご旅行の前半部分にすぎないそうですが、全日程の一部分とは思えないほど中身の濃い、学びの詰まったお話でした。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

東郷重興先生による「第112回 一燈塾」

講師/東郷 重興先生

開催日/2019年10月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

徳真会クオーツタワーにて、元日本債券信用銀行頭取の東郷重興先生による第112回一燈塾が開催されました。

テーマは「平成金融危機と日債銀事件~失われた20年を振り返る~」。

始めに、バブルから平成金融危機に陥るまでの状況についてお話いただきました。1980年代後半に日本は不動産バブル、財テクブームの中にありましたが、その後1993年には金融危機を迎えます。

東郷先生はその金融危機の最中、1995年に国際局長に就任。その後大和銀行事件などを経て1年で国際局長は退任され、日債銀へ転出されました。

日債銀では、約2か月の期間で2900億の増資などを行うなど、不良債権処理に取り組まれました。

1998年には日債銀を国有化、三井信託銀行と合併することとなり、金融危機は終息を迎えていきます。
2001年に日債銀はあおぞら銀行と名前を変えておりますが、今でも東郷理事長に恩義を感じていらっしゃる方が多く、依然と変わらず関わりを持っていらっしゃるそうです。

また終わりには12年間の裁判生活をを振り返り、その中での苦労などもお話いただきましたが、この期間も悪いものではなかったと仰っていたことがとても印象的でした。

最後に、当グループ代表の松村より、「六然」の中でも「失意泰然」が最も難しいというお話をさせていただきました。困難や逆風の中で、いかに坦々とやるべきことをやるか、ということです。東郷先生は一連の危機的な状況の中で、まさにこの「失意泰然」の姿勢を貫かれた、大変偉大な先生であると実感しました。

今回は金融に関してのご講義でしたが、その歴史について興味を持つ、大変良い機会となりました。

<東郷 重興先生プロフィール>

1943年、千葉県市川市生まれ。東京大学法学部卒。 1966年 大学卒業後日本銀行に入行し主に国際部門に勤務(ニュ―ヨーク、ロンドン、香港に約10年) 1966年 国際局長を最後に日本銀行を辞し、バブル崩壊後の平成金融危機の中、日本債券信用銀行に転出。 翌年6月副頭取、8月頭取に就任し同行の経営再建に努めるも報われず、1998年末日本債券信用銀行は公的管理の通告を受け破綻。翌年同行での粉飾決算の罪で逮捕、起訴されたが、12年間の法廷闘争の末に2011年8月無罪を勝ち取る。

深谷隆司先生による「第9回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年9月30日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

本日は前回と同様に「人生のあり方についてー世阿弥の人生論ー」というテーマでご講義いただきました。

まずは前回の復習で「初心忘るべからず」のお話をしていただきました。世阿弥の言う「初心」とは、試練を乗り越えていく時の戦略や心構えを指します。「心も体も若くあれ」ではなく、限界の中でどうやってそれを乗り越え、花を咲かせるか、その時々でどのような結果を出すべきか、という考えこそが、世阿弥の言う「初心」にあたります。

世阿弥だけでなく、古代インドの四住期や孔子の論語などでも、人生をいくつかの節目に分け、その時々でどのように生きていくかを説いています。

また昨日9月29日に84歳のお誕生日を迎えられた深谷先生でしたが、そんな折、私たちにご紹介いただいたのは、人生が儚いことのたとえに用いられる「一炊の夢」という言葉でした。

私たちは人生は長いものだと思い時間を無駄に過ごしてしまいがちです。しかし偉大な先人達が人生の一瞬一瞬の儚さや、その時々をいかにして生きるかを示してくれています。若いうちに先人からの教えをしっかりと学びとり、実践し、老いて後悔の涙を流すような人生にだけはしたくないと改めて感じました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第8回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年8月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日は「世阿弥の人生論」というテーマでご講義いただきました。

世阿弥は、能を芸術として大成させた人物であり、「初心忘れるべからず」という言葉を最初に唱えた人物です。しかし、その言葉の正しい意味はあまり知られていません。今回は世阿弥が唱えた「初心」の本当の意味について教えていただきました。

多くの人が「初心」を、「何かを始めたときの決意」のことであり、「一時点の思い」と考えがちですが、世阿弥の唱えた「初心」は、人生の中に複数回あります。人生、そのときどきで、様々な試練、壁に遭遇します。思春期には声変わり、年を重ねれば老いが、それまでの戦い方を困難にします。そんな試練に遭遇したときにどのような心構えをするか、それこそが世阿弥の唱えた「初心」であるそうです。そして、人生の中の各ステージで訪れる困難を乗り越えたとき、美しい“花”(能役者の放つ輝き)が咲くというのが世阿弥の教えであるそうです。

困難なとき、決して諦めることなく、そのときどきの向き合い方を模索し、ひたむきに努力することが大切なのだと教えていただきました。これまで、数々の偉大な先人の生き方をご紹介いただきましたが、直接的に「人生論」を学ばせていただいた今回は、塾生一人ひとりにとって、一味違った「温故知新塾」になったのではないかと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第6回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年6月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

今回は、冒頭で前回同様、時事問題のお話をされたのち、深谷先生が先月末に関西の大学でご講義されたときのお話をいただきました。

まず、安倍総理のイラク訪問について言及されました。ハメネイ師との対話を、エネルギー自給率の低い日本に石油やLNGを供給するうえで非常に重要な交渉の場を得た、大きな成果として評価すべきとお話されました。

また、年金制度についても触れられ、「100年続く安心」という言葉が、「次世代のための仕送り制度として、100年続く素晴らしい制度」という意味のものであり、「老後の生活費を全て賄うもの」と誤解してはならないと警鐘を鳴らされました。

先月末の大学でのご講義では、通商産業省での業務についてお話されたそうです。当時の通産省の方々は、「通常残業省」と言われるほど死に物狂いで働かれていたそうです。

学生との対話で最も強く感じたことは、政治家や歴史上の人物をあまり知らないことであったそうです。背景あるのが、若者の新聞離れです。そのような時代に教養を身につけるために重要なのは読書であり、本の読み方として、「精読」「熟読」「卒読」「乱読」を教えていただきました。最後に、良くないのは「積読(つんどく)」というユーモアまでいただきました。

これからの日本を支えるリーダーとして、心に留めるべき課題について改めて考える機会となった温故知新塾でした。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第5回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年5月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

今回は、前回からの1ヶ月の間に深谷先生の身のまわりに起きた様々な出来事の中から、特に印象深く感じられたものを3つご紹介していただきました。

一つは、統一地方選です。選挙のサポートを通じて、ご自身の選挙人生を振り返られたお話をいただきました。選挙を通じて様々な人と関わる中で学んだことは、洪自誠による随筆集「菜根譚」の中にある「恩は宜しく淡よりして濃なるべし。濃を先にして淡を後にすれば、人はその恩を忘る」という一節に詰まっているそうです。意味は、「人付き合いにおいては、徐々に濃度を高めていくことが大切」というものだそうです。最初から濃く付き合っては、良い関係が築けないとのことです。

深谷先生に起きた大きな出来事の二つ目は、耳鳴りに襲われたことであるそうです。大変お辛い思いをされたとのことです。ただ、その苦しみの中で数々のご友人からの心配や励ましの声、アドバイスを受け、論語のとある一節が身にしみたそうです。それは「己に如かざる者を友とする無かれ」というもので、「自分より優れたものをもっている人を友人にすべき」という意味だそうです。自分にない経験や知恵をもっている友が、困ったときに助けてくれることを実感したそうです。

そして、この1ヶ月間で深谷先生の身のまわりに起きた出来事の中で最も大きかったものは、何と言っても天皇陛下の生前譲位であったそうです。明治以降、生前譲位が行われてこなかった経緯や、昭和天皇の崩御のときには1年間喪に服したとのお話を聞き、上皇さまの国民に対する思い、お考えの深さを改めて感じました。

この日も、豊かな学びと深谷先生のユーモアに満ちた、大充実の温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年4月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

新元号が発表となってから最初の温故知新塾となった今回は、その「令和」について触れ、新たな節目に今までの「武士道」のお話をしめくくる回となりました。

「令和」の由来となっている万葉集は、天皇から庶民まで、あらゆる社会層の人々の歌をおさめた歌集であるそうです。どんな人の心も大切にした、日本の文化が誇る唯一無二の歌集であると教えていただきました。

「武士道」のお話は、「武士道精神を重んじ…」という口上を述べた貴景勝関のお話から始まりました。貴景勝関の「景勝」は、敵陣に塩を送った武士道精神の持ち主、上杉謙信の後継者の名前であるそうです。この口上を聞いた深谷先生は、貴景勝関を大変好きになったそうです。

最後は、武士道精神の根付いた日本人的な美意識を表現した文化人の先生方ついて教えていただきました。「花には散った後の悲しみは無い。ただ一途に咲いた喜びだけが残るのだ」と歌った坂村真民先生、伊豆の踊り子と出会った青春の美しい一瞬を描写した川端康成氏、息を呑んで陶然と月を見る日本人の、自然に対する畏敬の念を語った小林秀雄氏ら、数々の先生方の優れた美的感覚をご紹介いただきました。

120年前に新渡戸稲造が予言したとおり、現在、武士道精神や日本人的な美的感覚は衰退しつつあります。しかし、この温故知新塾での学びをさらに深め、一人でも多くの人に伝えていくことで、「令和」をその名の通り喜ばしく、美しい時代にしていくことができると教えていただきました。塾生として、武士道精神を再確認し、育み、伝承できる人間になりたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第3回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年3月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

この日は、松村理事長と深谷先生が昨年末の台湾講演の際に親交を深められた、崇友実業(台湾最大のエレベーターやエスカレーターの施工を手掛ける企業)の唐松章会長にもお越しいただき、塾の前半で台湾についてご紹介いただきました。

唐会長には、台湾の地理、政治、経済、文化などについて幅広くご紹介いただきました。印象的だったのは、国民の中には自分を「中国人」と捉えている人や、「台湾人かつ中国人」と捉えている人もおり、そのような国民意識は政権によっても変化するとのお話がでした。そのような複雑な国民意識にふれる機会は、日本で生活している中では滅多になく、大変興味深かったです。

講義の途中、唐会長の訪日にご同行されている、元日本航空台湾支社長の多田利郎さんにも、日本人の視点で台湾をご紹介いただきました。ご紹介いただいた台湾のお国柄として、「家族を大切にする」という点が、非常に見習いたい部分であると感じました。

後半の深谷先生によるご講義では、台湾の道徳観にも影響を与えている仏教や儒教、そして神道が、日本において一つのかたちとなった「武士道」についてお話しいただきました。武士の死生観や、7つの徳目(義・勇・仁・礼・信と誠・名誉・忠義)について、改めてご教授いただきました。

お三方による大変貴重な、密度の濃いご講義をいただき、大変有意義な温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第2回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年2月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。今回は、前回に引き続きWTOについてのお話をいただきました。

この日も、歴史的な交渉の裏側、意外な一面を数多く教えていただきました。深谷先生の手腕により交渉がうまくいきかけたとき、納得の行かないクリントン大統領は小渕総理に電話をかけたそうです。日本側は状況を見て、「居留守」を使ったそうです。それほど、外交は針に糸を通すようなやりとりであるそうです。

また深谷先生は、最終的な交渉の際、野党時代に磨いた何手も先を読んで交渉のストーリーを組み立てる手腕や、相手を圧倒するような怒号によってアメリカを諦めさせたそうです。結果としてアメリカは、会談の成果を「結論は出ませんでした」としてしまったというお話でしたが、今回も「細心にして大胆」な深谷先生の一面が垣間見られた、大変興味深いご講義でした。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2019年1月28日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。今年で第4期目を迎えた温故知新塾では、「①時事問題、②歴史から学ぶ日本の美徳、③世界の国の形、④人生をいかに生きるか」と、幅広いテーマを学んでいきます。

今期第1回目となったこの日は、WTOについてお話いただきました。深谷先生が昨年末にご出演されたTV番組の中で、トランプ大統領のグローバリズム拒否の兆しが20年前のWTO会議のときからあった、という議論がなされました。そのWTO交渉をされたのが、当時通産大臣であられた深谷先生でした。

そこで日本は、アメリカに対してアンチダンピング乱用防止の規制強化を求める交渉を行いました。ただでは取り合ってもらえないとみた深谷先生は、他の参加国と徹底的に「バイ会談」(1対1の会談)を行い、国際世論を形成したうえで交渉に臨みました。下町出身の深谷先生だからこそできた交渉術が奏功したそうです。

塾の冒頭、当グループ理事長の松村より、深谷先生は会えば会うほど好きになる先生とご紹介させていただきました。加えて、先生の魅力を「大胆にして細心、知的にして庶民的」と表現させていただきました。WTO交渉は、まさにこのような深谷先生の素晴らしさが世界を動かした場面であると感じました。

第1回目から、国際舞台での貴重な体験談とともに人生のヒントをご教授いただき、大変実りある温故知新塾となりました。次回、このお話の続きをお聞かせくださいます。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

羽生善治先生による「第111回 一燈塾」

講師/羽生 善治先生

開催日/2019年1月21日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

徳真会クオーツタワーにて棋士の羽生善治先生による第111回一燈塾が開催されました。前回おこしいただいた際は、棋士として、勝負についてお話いただきました。今回は「AI時代の未来」というテーマのもと、前回とは少し毛色の違ったお話をいただきました。

前半は、AIのルーツ、歴史のお話から始まり、ボードゲームにおけるAIの進歩についてお話しいただきました。二十数年前は、100万局面以上のデータベース、1秒に2億局面読むハードウェアが存在するも、一つ一つの局面を様々な基準から“評価する”ことが苦手だったそうです。その後、画像認識の技術が向上すると、“将棋を指す”という観点から、“正方形の空間における動きを捉える”という観点に転換し、大きな進歩を遂げたそうです。進歩の次元がダイナミックな点が、大変興味深かったです。

後半は、一般社会におけるAIの未来についてお話いただきました。日本においてAIは、農業や漁業の分野で伸びるのではないかとおっしゃっていました。これらは、感覚的に実行することはできても、言葉や数値に置き換えるのが難しいこと(暗黙知)を扱う分野です。そして、このようにAIは、AI単体として進歩するのではなく、他の産業とのコラボレーションによって進歩するのではないかという見解を示されました。そのコラボレーションの在り方を生み出すことに、人間の大きな可能性があるのではないかとおっしゃっていました。

講義の中で何より印象的だったのは、将棋の世界には「棋は対話なり」という言葉があり、対局中は相手と会話している感覚があるのに対し、AIとの対局にはそれがない、というお話でした。

AIなどの最新技術の進歩、研究動向に対する鋭い視点と、自らの専門分野における研ぎ澄まされた感覚が、羽生先生の、人々に感動をもたらす偉業を生み出したのだと思いました。

<羽生 善治先生プロフィール>

1970年 埼玉県所沢市出身。6歳から将棋を始める 1982年 6級で二上達也九段に入門 1985年 15歳で四段に昇段しプロ入り 1989年 19歳で初タイトル竜王を獲得 1996年 当時の7つのタイトルをすべて獲得 名人、竜王、棋聖、王座、王位、棋王、王将の7つの永世資格を持つ(襲名は引退後) 2018年 国民栄誉賞受賞

深谷隆司先生による「第12回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年12月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。第3期の最終回となった今回でしたが、深谷先生は変らぬ、聞く人を虜にするお話で今期を締めくくられました。

今年1年間のお話の大きなテーマとなってきたのが、“生きるうえでの心構え”と“出会いの尊さ”でありました。

“生きるうえでの心構え”は、坂村真民先生の詩を通して教えてくださいました。「念ずれば花ひらく」の詩からは、描いた夢は念じ続け、努力し続ければ必ず叶うことを、「つみかさね」という詩からは、何事も日々の積み重ね、忍耐が大切であることを教えてくださいました。

“出会い”については、人生最初の出会いである父・母の尊さを改めて説かれたうえで、森信三先生の「一生のうちに逢うべき人には必ず逢える」のお言葉や、柳生新陰流の、偉大な人ほど“縁”を活かすという内容の家訓から、“縁”の大切さを教えてくださいました。

締めくくりにあたり深谷先生は、今期の塾生との少しの間の別れに寂寥の念を示されつつ、来期も温故知新塾を通してお互いの人生をより良くしようという力強いお言葉をくださいました。

今年も月に一度の濃密な学びを通じ、塾生一同、大変実りある1年となりました。

「温故知新塾」は、来年も第4期として、1月から毎月第3月曜日(18:30~19:45)、全12回の開催を予定しております。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第11回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年11月19日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。前回に引き続き「出会い めぐり合いの大切さ」というテーマのもと、今回は深谷先生の思い出に残る政治家にスポットを当ててエピソードをお話しいただきました。

日ソ平和条約交渉を行った河野一郎氏は、ソ連のフルシチョフ共産党第一書記に対する強気な姿勢や、「富士山から吹き下ろす風は仕方ないが、私に吹く風ははね返す」といった名言が大変印象的だったそうです。

決断・実行・結果に責任を持つ、などの姿勢を徹底していた田中角栄氏のことを深谷先生は「こんなに頭のいい人は見たことない」と称賛されていました。落ち込んだときに励ましてくださり、涙したというエピソードが印象的でした。

喧嘩もたくさんされたという中曽根康弘氏は、喪服で初登院されたそうです。祖国占領下で悲しみにくれている国民の気持ちを肝に銘じて働くという姿勢を体現されていたそうです。

他にもたくさんの政治家のエピソードをお話いただきました。偉大な方々を間近でご覧になってきた深谷先生のお話を、これまでにも数多くお聞かせいただきましたが、本日ほど盛りだくさんで圧倒され続けた日はありませんでした。

「出会い めぐり合いの大切さ」を改めて実感するとともに、深谷先生の政治家人生に多大な影響を与えた政治家の方々からの学びを、日々の努力につなげていきたいと思いました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年10月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。第10回となる今回は、「めぐりあいの大切さ」というテーマのもと、深谷先生がこれまでに出会われてきた思い出に残る人々についてお話しいただきました。

まず最初に語られたのは、ご自身のお父様のお話でした。深谷先生の資質・才能を見出し、見守り、誰よりも応援してくれたエピソードが語られました。

佐治敬三氏のお話も印象的でした。得た利益を積極的に社会に還元するサントリーの2代目であられた佐治氏は、「文化」の面で社会にお返しをしようと、「サントリー美術館」などを作られたそうです。

深谷先生の思い出の人々は芸能界にもたくさんおられます。深谷先生にタップダンスの先生をご紹介された作曲家の都倉俊一氏、深谷先生が参謀をつとめられた石原慎太郎氏の弟、石原裕次郎氏、アウトローで破天荒な生き様をされた勝新太郎氏、先生の議員就任25周年の節目に肖像画をお送りになった八代亜紀氏のエピソードをご紹介いただきました。

人生の歩みが長くなるにつれ、このような出会い、めぐりあいの大切さを身にしみて感じるそうです。その一方で、多くの人と出会うということは、多くの人と別れることでもあるとのお話が印象的でした。

出会いの喜びも別れの辛さも一つ一つ噛みしめながら生きていこうという、深谷先生の励ましも込められた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

小田全宏先生による「第110回 一燈塾」

講師/小田 全宏先生

開催日/2018年10月9日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

株式会社ルネッサンス・ユニバーシティ代表取締役 小田全宏先生を講師としてお招きし、第110回 一燈塾を開催いたしました。「ジャパン・スピリット」というテーマのもと、日本の神話や歴史にみる「日本の素晴らしさ」についてご講義いただきました。

神話からは、「みそぎ」や、鏡を祀ることの意味などを教えていただきました。歴史からは、沖縄の「島唄」が「ひめゆりの塔」の出来事を思ってつくられた歌であることや、昭和天皇が戦争の全責任を負い、死ぬ覚悟で日本を守ってくださったことなどを学びました。

天台宗を開いた最澄の言葉に「一隅(いちぐう)を照らす、 これ則(すなわ)ち国宝なり」というものがあるそうです。さらに、「一燈照隅 万燈照国」という言葉があり、「一人の力では隅しか照らせないが、それがたくさん集まれば国を照らすことができる」ということを表しているそうです。

小田先生は、教育や、この日お話いただいたような日本の素晴らしさを人々に伝承することを通じて、一隅を照らすとおっしゃっています。私たちも、それぞれがそれぞれの輝ける場で、一隅を照らす存在となれるよう、精一杯生きたいと思いました。

<小田 全宏先生プロフィール>

東京大学法学部卒業 株式会社ルネッサンス・ユニバーシティ 代表取締役 アクティブ・ブレイン協会 会長 1958年 滋賀県彦根市生まれ。東京大学法学部を卒業後、(財)松下政経塾に入塾。松下幸之助翁指導のもと、一貫して人間教育を研究。 1991年 株式会社ルネッサンス・ユニバーシティを設立。多くの企業で「陽転思考」を中心とした講演と人材教育実践活動を行い好評を博す。 1996年 リンカーン・フォーラムを設立し、全国で立候補者による<公開討論会>を実現させる。京セラの稲盛和夫名誉会長を最高顧問に迎え、NPO法人「日本政策フロンティア」を設立し、理事長を務める。傍ら、認定NPO法人「富士山世界遺産国民会議」運営委員長として世界遺産登録の実績を残す。 2004年 「アクティブ・ブレインセミナー」は全国で好評開催中。 2007年 サントリーホールにてフルートリサイタルを開催。その後、作曲もてがける。 2011年 サントリーホール大ホールにて、自作の交響組曲「大和」をオーケストラの演奏で指揮をする。

深谷隆司先生による「第9回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年9月10日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。今回は、前回触れられた「武士道」について詳しくお話いただきました。

武士道は、サムライがつくり、育てた処世訓です。
それを著書「武士道」にて体系的な形で世に出したのが新渡戸稲造でした。ベルギーの法学者が投げかけた「日本において特定の宗教をもたずとも道徳が成立しているのはなぜか」という問いに、新渡戸稲造が、「武士道があるから」と答えているそうです。

その武士道、道徳は、神道・仏教・儒教の影響を強く受けているそうです。すべてのものは変わりつづけ、永遠なものはないという達観、「無常観」、それゆえにあらゆるものを慈しむ心、「もののあはれ」が、その根本にあるそうです。

そのことが、日本人の美意識に如実にあらわれています。バラを好む西洋人に対し、武士道の象徴は「桜」であるそうです。香りが強く、存在感を強く残そうとするバラに対し、桜の香りは淡く、散るときは潔く散ります。
そんな桜のように、武士道の精神も確固として存在し続けることはないものの、日本人の心に奥ゆかしく残り続けると「武士道」の冒頭に書いてあるそうです。

昨今のスポーツ界における様々な不祥事を受け、深谷先生は人々に道徳観が失われつつあることを懸念されています。 日本人の心に息づく武士道精神が見つめ直され、再教育されることを心から祈られ、深谷先生は本日のご講義を締めくくられました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第8回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年8月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。

今回は、昨今のスポーツ界の不祥事についてご講義いただきました。
レスリングの伊調馨選手に対するパワハラ騒動に始まり、日大アメフト部の悪質タックル問題、日本ボクシング連盟の助成金流用などの不正疑惑問題と、次々にスポーツ界の不祥事が発覚しました。

一連の問題の中でも深谷先生は、スポーツ界のリーダーが反社会的勢力と交際することを強く批判されていました。

そして一番の問題は、礼儀・礼節を重んじる武道の世界でも不祥事が明るみになったことです。全日本剣道連盟の居合道昇段における金銭授受の問題です。

特定の宗教をもたずとも日本において道徳が成り立っているのは、「武士道精神」が根付いているからです。この「武士道精神」を、新渡戸稲造が世に広めました。空手道6段の深谷先生も、空手を通して子どもたちに礼儀・礼節を教える活動に尽力されたそうです。

現在の荒れたスポーツ界を刷新するためにも、深谷先生は「武士道精神」の再教育が必要と切におっしゃいました。
古き伝統を大切にして未来を切り開く、まさしく「温故知新」を、わたしたちが体現していかなくてはなりません。

塾生として、「武士道精神」を改めて見つめ直したいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第7回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年7月30日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。今回は「北朝鮮問題」をテーマにご講義いただきました。

前回、米朝会談についてお話いただいてから約1ヶ月が経ちましたが、その成果はあまり得られていないと深谷先生は見ています。このことに苛立ちを隠せないトランプ大統領と、経済制裁を受けて経済政策を推し進めらずに苛立つ金大統領、双方の今後の出方を注意深く見守りたいとのことです。

また、日本と北朝鮮の関係についても言及され、拉致問題に進展が見られないだけでなく、統治時代の賠償を求められていることに対し、疑問を呈されていました。

一番近い朝鮮という地域、関係の深いアメリカ、ともに何が起こるかわからない危機的な状況に日本は置かれています。国家、国民の安心、安全を守るため、深谷先生は政治家に「命を捧げる覚悟」を求めています。そのような国民の代表を選び、支えるわたしたちも、その“覚悟”と向き合っていく必要があると感じました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第6回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年6月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。今回は「米朝会談」をテーマにご講義いただきました。

今回の会談を受けて深谷先生がとりわけ強く感じたのは、両首脳の「残された時間の差」であったそうです。30代の金委員長と、最長でも2期8年しか残されていないトランプ大統領とでは、精神的余裕の面で前者の優位が明白です。歴代の米大統領がそうであったように、「焦り」が隠せなかったと深谷先生は見ています。

また、講義の中で印象的だったのは、「会談の一番の勝者はシンガポール」というお話でした。会談の期間中、国の様子が毎日TVやインターネットで発信され、整備されたインフラや国の安全性を世界に向けてアピールできたためです。今回の会談で得られた経済効果は莫大なものであったそうです。

開催国シンガポールの話題などに触れつつも、最も向き合うべき事実として深谷先生が強調されていたのは、日本が今、防衛の面でかつてない危機的な状況に置かれているということです。そして、そのような状況の中、「モリカケ」の問題に討論の時間を割いている場合ではないことも、深谷先生は再三おっしゃっています。

前途多難な状況において安倍首相を支えるのは、国民一人ひとりの意識にほかならない、とのお言葉で深谷先生は今回の講義を締めくくりました。国を守るために本当に大切なことを見極め、それに対して真摯に向きあっていきたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第5回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年5月21日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。今回は「最近の時事問題」をテーマにご講義いただきました。

米誌タイムが「世界で最も影響力のある100人」に日本の代表、安倍首相が選ばれたことを発表しました。米国トランプ大統領との外交手腕が評価されてのことだそうです。

安倍首相とトランプ大統領は、ゴルフのプレイの間、世界情勢や日米間の課題について意見交換をしているそうです。これに対し、「ゴルフをして遊んでいる場合ではない」などとの批判の声もあがっていると深谷先生はおっしゃっていました。

安倍首相は、互いにリラックスできるゴルフという場を通じて、日本が良くなるためには“何が一番大切か”を最前線で考えています。これが理解されないような風潮は、日本の国益を損なうことにつながるのではないかと、深谷先生は懸念されていました。

日本は現在、かつて無い危機的な状況に陥っています。そのような中、モリカケ問題などで重要な議論がなかなか前に進んでいないのが日本の現状です。

危機的な状況だからこそ、国民一人ひとりが“何が一番大切か”をしっかりと考える必要があります。一番大切なことは国を愛する心「愛国心」を持つことであり、日本が直面している問題を真摯に受け止めることが重要なのではないかと思いました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

前原誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2018年4月23日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

4月23日、徳真会クオーツタワー クオーツギャラリー10階にて、前原誠司先生による国家観養成講座を開催致しました。
今回は「チャイナリスク」をテーマのもと、国際的に影響力を高める中国の“強さ”についてお話しご講義いただきました。

まず、現在の中国の強さの基盤は、毛沢東や鄧小平らが築いてきた「闘争の歴史」の中でできたと教えていただきました。
毛沢東の有名な言葉に、「革命は銃口から生まれる」というものがあるそうです。文字通り、革命は戦闘から生まれるという意味とのことです。また、鄧小平の国際社会に対する姿勢を形容した「韜光養晦」という言葉は、能力を覆い隠し、時期を待ちながらその力をさらに蓄える、という意味であるそうです。このような戦術により、鄧小平は国内の経済・軍事の大幅な充実を図っていったそうです。

強い中国と現在の日本の比較という観点で、2つのおそろしいデータをお示しいただきました。
ユニコーン企業の数です。中国が56社と、アメリカとともに抜きんでている一方で、日本はたったの1社だそうです。また、AIエンジニアの数が日本は4~5万人であるのに対し、中国は40万人にものぼるそうです。

歴史や風土からみられる中国の強さの基盤、日本との比較や中国から学ぶべきことなどをお話しいただき、日本の未来を守るために、これらのことと真剣に向き合っていく必要があると感じられたご講義となりました。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年4月16日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。即位の礼についてお話しいただいた前回に引き続き、今回は今上天皇の「生前退位」をテーマにご講義いただきました。

今回の生前退位は、今上天皇の負担を軽減すべきという国民の声をすくい上げた形で成立したそうです。天皇の職務の量は膨大であるにもかかわらず、今上天皇はその一つ一つを誠心誠意、全身全霊を込めて全うされているそうです。雲仙普賢岳の噴火や東日本大震災などの災害地見舞いの際には、ひざまずき、被災地の方と目線を合わせてお話をされ、「こういうときのために天皇制がある」とおっしゃられたそうです。

生前退位の議論の他にも、2600年続く日本独自の天皇制度には、女系天皇問題などをはじめ、解決すべき課題が多々あるそうです。

天皇の職務の偉大さ、天皇制の尊さを教えていただいた反面、天皇制を守っていくことの難しさを強く感じた温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

山下泰裕先生による「第109回 一燈塾」

講師/山下 泰裕先生

開催日/2018年3月27日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

徳真会クオーツタワーに元全日本柔道選手でロサンゼルスオリンピック柔道 金メダリストの山下 泰裕先生を講師としてお招きし、「一燈塾」を開催いたしました。
山下先生をお招きしての一燈塾として5回目となった今回は、「我が柔道人生を語る」というテーマでご講義いただきました。

特に印象的だったのは、講演時間の多くを、お世話になった恩師の方々への感謝のお気持ちや、他者を思いやるお気持ちを語ることに割かれていたでした。山下先生に柔道をお教えになった先生方だけでなく、問題のあった学生や、ご自身の自閉症のご次男様の教育からも、多くのことを学ばれたそうです。

また、夢の力、思いの大切さを語られたお話も大変印象的でした。人は不思議と、同じ思い、同じ志をもった人と出会うことができ、その思いもよらぬ出会いの連続が、人生を豊かに彩っていくとおっしゃられていました。強い「思い」をもつことの大切さを、改めて実感しました。

柔道の創始者である加納治五郎が普及を目指した「柔道で学んだことを日常生活に生かし、社会をよりよくする」という精神が山下先生のお心にいかに根付いているかを強く感じたご講義となりました。

<山下 泰裕先生プロフィール>

1957年 熊本県上益城郡矢部町生まれ。 現役時代は、1977年から1985年まで全日本柔道選手権9連覇、 1984年ロサンゼルスオリンピック優勝などの成績をおさめ、公式戦203連勝を達成し、1985年に現役を引退する。 引退後は全日本柔道男子強化ヘッドコーチ、国際柔道連盟教育コーチング理事などを歴任した。 現在は東海大学理事・副学長、国際柔道連盟理事、全日本柔道連盟会長 、日本オリンピック委員会理事・強化本部長、ナショナルトレーニングセンター(NTC)長、認定NPO法人柔道教育ソリダリティー理事長などを務める。 柔道8段。国民栄誉賞、紫綬褒章、ロシア連邦「友好勲章」等、数多くの受賞歴あり。

深谷隆司先生による「第3回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年3月19日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生による温故知新塾が開催されました。昭和天皇崩御についてお話しいただいた前回に引き続き、今回は今上天皇の「即位の礼」をテーマにご講義いただきました。

今上天皇の即位の礼に、深谷先生は海部総理のもと、郵政大臣としてご参加されました。

とりわけ印象的だったのは、儀式の節々に日本神話の伝承の内容が垣間見られるというお話でした。例えば「剣璽等承継の儀」という儀式においては、三種の神器といわれる鏡、勾玉、剣を皇位継承の証として引き継ぎます。この剣は、須佐之男がヤマタノオロチを退治した際、尾の中から出てきた神剣といわれているそうです。

また、「大嘗祭の儀」に参列された深谷先生ですが、その際に燕尾服をお召しになったとのことです。深谷先生が燕尾服をお召しになったのは、その後、旭日大綬章を受賞されたときのみだったそうです。それだけ神聖な行事であり、そこに参列された経験は極めて貴重であったと深谷先生はおっしゃっていました。
その経験を共有していただいた私たちにとっては、本日のご講義が大変貴重な経験となりました。次回は、生前退位や女系天皇問題についてお話いただきます。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第2回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年2月26日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。

今上天皇の生前退位を前に、今期は天皇制についてお話しいただいています。第2回目となる今回は、深谷先生が「大喪の礼」に立ち会われた昭和天皇についてお話しいただきました。

何よりも、昭和天皇の日本を思うお心の大きさにふれ、今の日本に生かされていることに対する感謝の念を深めました。

終戦間際、軍部が本土決戦に踏み切ろうとしている中、国の意思決定をゆだねられた昭和天皇は、「一人でも多くの日本人に生き残ってもらい、そこから国を立て直していくことが大切」「自分はどうなっても構わない」と、戦争をやめる決意をなさったそうです。

そして終戦後、昭和天皇はマッカーサーのもとを訪れ「私が戦争責任者。死刑は覚悟しているから、日本国民の生活が困窮しないようお願いしたい」と懇願したそうです。命乞いをしに来たと思っていたマッカーサーは、昭和天皇を「最上の紳士」と称えたそうです。

関東大震災、太平洋戦争と災いの続いた激動の時代に、日本国の安穏・平和への「祈り」という最大の職務を力強く全うされた昭和天皇のお心に、深く感銘を受けました。

次回は、深谷先生が即位の礼に立ち会われた今上天皇についてお話しいただきます。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2018年1月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。

第3期を迎えた温故知新塾の初回を飾ったこの日、深谷先生は「初めての塾生のために」というテーマで、温故知新塾の設立の経緯や名称の由来等について改めてご説明してくださいました。

まず、「温故知新」が「論語」の中の言葉であることを再確認しました。「論語」は、孔子の教えをその弟子たちがまとめた書物です。文中の「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」まではよく知られていますが、そのあとには「以って師と為るべし」と続くそうです。これは「過去に学び、未来を切り開いた人は、人を教え導く師(先生)になれる」という意味であるそうです。このお話を聞き、塾生一同、温故知新塾が“日本を支えるリーダー”を育成するものであることを改めて確認しました。

後半は、生前退位をお決めになられた天皇陛下についてお話しいただきました。
深谷先生が労働政務次官を務められていた1981年、身体障がい者の方の技能の祭典である第1回国際アビリンピックが日本にて開催されました。その運営を任されていた深谷先生は、大会名誉総裁であられた皇太子時代の現陛下を会場にご案内、ご説明されたそうです。

その際、印象的だったのは、現在と変わらず慈愛に満ちた、大変紳士的なお姿であったそうです。一人一人の障がい者の方に対し、目線の高さを合わせ、丁寧にお話をお聞きになられるその姿は、近年の震災の被災地を訪問された際のお姿と全くお変わりなかったそうです。

次回も、昭和天皇の大喪の礼、現陛下の即位の礼に立ち会われた深谷先生ならではのご視点から、天皇制等についてお話しいただけるそうです。

第3期も、深谷先生が初回をご丁寧な導入の回にしてくださったおかげで、より一層有意義な学びの場として、ますます発展していきそうです。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第12回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年12月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いたただいている今年の温故知新塾。第二期最終回となる今回は、深谷先生のお好きな宮本武蔵の生き様と、宮本武蔵の“語りべ”らによる著述から“温故知新”を体現しました。

特に印象的だったのは、有名な「巌流島の戦い」のように決闘に遅れて行ったり、かと思うとあるときには戦場に“前乗り”したりいう、相手の心理を揺さぶる戦い方のお話でした。「巌流島の戦い」が最も広く知れわったっていますが、このような巧みな戦術のエピソードは他にもたくさんあり、深谷先生はそれらをストーリー調に、流れるように語ってくださいました。その話術は、NHKラジオで「宮本武蔵」を朗読し、人気を博した「徳川無声」の話術に感化されてのことであったそうです。

偉大なエピソードで知られる宮本武蔵ですが、悪い評価についてもお話しいただきました。司馬遼太郎は、宮本武蔵に深い愛情をもちつつも、彼の後半の人生は出世・評価にこだわりすぎるあまり「緩慢な悲劇」になったと評しているそうです。深谷先生はその著述から、「自分は頑張っている、能力があると思いあがり、自己を客観視する視点をなくしてはならない」という教訓を学ぶべきとおっしゃいました。

「このような歴史からの学びが塾生の今後の人生のどこかで役に立てば」とのお言葉とともに、深谷先生は今年の温故知新塾を締めくくられました。月に一度の濃密な学びを通じ、塾生一同、大変実りある1年となりました。

「温故知新塾」は、来年も1月から毎月第3月曜日(18:00~19:30)、全12回の開催を予定しております。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第11回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年11月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いただいている今年の温故知新塾ですが、今回は「最近の時事問題」をテーマに、直近で起こった“大相撲問題”について、お話いただきました。

今回の事件は、それぞれが異なる証言をしており、事実の究明に時間がかかっています。先生は、この事件は芥川龍之介の「羅生門」を想起させるものであると仰いました。「羅生門」は、武士が殺される殺人事件を巡り、関係する三人がみな、食い違った証言をするという物語です。揺れ動く人々の感情から見る、人間のエゴイズムや人間社会の闇を表現した作品といえます。先生は、まさに今回の暴行事件と重なりを感じることがあるといい、各関係者が正直に話すことが大事であるとの強い思いを語られました。

国技である相撲の世界で明るみになった問題に関し、深谷先生のような国を中枢から動かしておられる方の視点でお話いただける機会は大変貴重であり、塾生一同、大変勉強になりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第10回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年10月16日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いたただいている今年の温故知新塾。今回は、終戦を満州で迎え、その翌年の引き揚げ経験から、愛国心を持たれた深谷隆司先生ご自身についてお話をいただきました。

政治家に最も大切なのは、愛国心
深谷先生は、政治家に最も大切なのは、愛国心であると強くお話されていました。政治家は、「国民国家のために死ねる覚悟がある」人であるべきで「吾を思い、仲間を思い、党を思い、何番目かに国を思う」人であってはいけないとお話をされていました。

愛国心の芽生えが政治家への夢を志す
深谷先生の愛国心が芽生えた原点は、満州ハルピンからの引き揚げ体験だそうです。終戦後、二度と帰れないと思っていた日本に着き、頬を地面に擦り付けて号泣したというエピソードをお話しいただきました。このエピソードがきっかけで、幼少期から政治家になる夢を志されたそうです。

まとめ
深谷先生の実体験を交えながら、この日も、歴史を学びつつ、先生のユーモアあふれる話術に笑いの絶えない、大変有意義な温故知新塾となりました。辛い状況にいたからこそ生まれる国を想う愛の大きさは、計り知れないものであったということ。また、国民国家のために死ねるという覚悟のある人を選ぶためには、同時に私たちが、眼識のある有権者として、摯実に国家国民のことを考えなければならないということだと改めて感じさせられました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

羽生善治先生による「第108回 一燈塾」

講師/羽生 善治先生

開催日/2017年9月28日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

徳真会クオーツタワーに将棋棋士の羽生善治先生を講師としてお招きし、「一燈塾」を開催いたしました。
「決断力を磨く」というテーマのもと、将棋界で初めて七冠を独占した羽生善治先生の“決断力の磨き方”についてお話しをいただきました。

決断力を磨く3つの要素
将棋では、10代から70代まで、どの年齢においても、以下の3つの要素を使って決断をしていると考えられているそうです。

 ・直感  推理によらず、直接的・瞬間的に、物事の本質をとらえること
 ・読み  未来を予測する、シミュレーションをするということ
 ・大局観 具体的な選択・決断よりも、今後の方針を決めること

どの年齢においても、上記の3つを使って決断していることに変わりはありませんが、使っている比重が年齢によって異なるそうです。若い時は、読みや記憶が中心になりますが、ある程度年数を重ねてくると、直感や大局観を使うようになり、足し算ではなく、引き算で考えることが出来るようになるとおっしゃっていました。

長考に好手なし
対局は、非常に長い時間をかけて行われますが、将棋界には「長考に好手なし」という言葉があります。この意味は、熟考したからといって、必ずしも良い選択、判断が出来るとは限らないということです。羽生先生ですら、対局中に良い手を考えすぎてしまうと、細かいことに気をとられ、誤った手を指してしまうことが多々あるそうです。

不調も3年続けば実力
将棋界には「不調も3年続けば実力」という言葉があります。不調だと感じたときには、まずは自分が不調なのか、あるいは実力なのかを見極めることが大切だそうです。不調だった場合は、やっていることは間違っていないけれども、結果がすぐに出ないという場合もあるため、まずはやり続けること。実力だった場合は、素直に・真摯に受け止めること。

まとめ
今回は、長年勝負の世界で生きてきた、羽生先生の決断力の磨き方について教えていただきました。
ご自身の実体験を交えながら、決断に迫られたときに誤った選択・判断をしてしまったときの対処法や、3手先の読みについても掘り下げていただきました。現在のめまぐるしいIT技術の進化に伴い、情報も物も人も溢れている世の中において、決断力を磨くことの重要性について考えさせられる一燈塾となりました。

<羽生 善治先生プロフィール>

1970年 埼玉県所沢市出身。6歳から将棋を始める 1982年 6級で二上達也九段に入門 1985年 15歳で四段に昇段しプロ入り 1989年 19歳で初タイトル竜王を獲得 1996年 当時の7つのタイトルをすべて獲得 名人、竜王、棋聖、王座、王位、棋王、王将の7つの永世資格を持つ(襲名は引退後) 2018年 国民栄誉賞受賞

深谷隆司先生による「第9回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年9月25日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催いたしました。
毎月、歴史上の人物について学ぶことから“温故知新”を体現している今年のご講義ですが、今回はノーベル賞を受賞した2人の人物についてお話いただきました。

中国の活動家・劉暁波
ノーベル平和賞を受賞した中国の活動家・劉暁波は、天安門事件の背景となる民主化の思想を唱えた人物として知られています。中国政府は、彼の墓をつくるとそこが民主化運動の聖地になるとして、劉氏を海葬にしたそうです。意外なことに、深谷先生はこれに賛成との立場を示されました。その理由とは「すべての海が民主化の聖地になるから」とのことでした。

バーナード・ショー
ノーベルがダイナマイトを発明した人物ということもあり、受賞を拒んだ人物もいたそうです。最終的には賞金を寄付するとして、ノーベル文学賞受賞を承諾したのが、バーナード・ショーでした。彼に求婚した、ダンサーのイサドラ・ダンカンのお話が非常に印象的でした。なぜなら、プロポーズの言葉が「あなたの頭脳と私の肉体を持った子供が生まれたらどんなにすばらしい事でしょう」というものだったそうです。しかし、その言葉に対しバーナード・ショーは「私の肉体とあなたの頭脳を持った子供が生まれたら大変」と言ってはねのけたそうです。

まとめ
この日も、歴史を学びつつ、深谷先生のユーモアあふれる話術に笑いの絶えない、大変有意義な温故知新塾となりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第8回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年8月21日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。

毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いたただいている今年の温故知新塾ですが、今回は8月3日に発足した第3次安倍改造内閣閣僚の人物像について、先生の経験談を踏まえてお話いただきました。

この日お話いただけたのは下記の大臣に関するエピソードでした。

・一度は自民党を離党したこともある野田聖子総務大臣兼女性活躍担当大臣
・誠実な人柄で地元仙台市民から圧倒的な支持を集める小野寺五典防衛大臣
・加計学園問題などに揺れる文科省の舵取りを任された林芳正文部科学大臣
・優れた英語力・外交力だけでなく、父への肝臓移植のエピソードでも知られる河野太郎外務大臣
・第2次安倍改造内閣において政調会長を務めるなど、実行力に長けた茂木敏充内閣府特命担当大臣
・かつて深谷先生の秘書官を務め、3期生ながら大臣に就任した齋藤健農林水産大臣

内閣の顔ぶれについて、深谷先生のような政界を知り尽くした方の視点でお話いただける機会は大変貴重であり、塾生一同、大変勉強になりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第7回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年7月10日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、「温故知新塾」を開催しました。

毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いただいている今年の温故知新塾ですが、今回は都議選を終えたことから、直近の都政について、深谷先生独自の視点からお話いただきました。

本日の講演からは、政治が過剰な報道や一部の心ない人の行動で大きく変わっていくのだということを改めて痛感させられました。

私利私欲や名誉のためではなく、日本の将来のために一生を捧げる、という強い意志のある人を選ぶためにも、私たち有権者は、メディアの偏った情報に惑わされず、政治家の甘い言葉や派手なパフォーマンス等にも騙されない“賢さ”を身につけたいものです。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第6回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年6月19日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、
「温故知新塾」を開催しました。

毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いただいている今年の温故知新塾。今回は、深谷先生が鹿児島に旅行に行かれた際に足跡をたどられた「西郷隆盛」についてご講義いただきました。

若き日の西郷隆盛
西郷隆盛といえば、明治維新を成し遂げた幕末のヒーローといわれ、大変有名な人物です。子どもの頃から体格がよく、腕っぷしも強く、仲間を大切にしたといわれています。その反面、喧嘩っ早くもあり、復讐をしてきた相手に後ろから斬られ、右腕に後遺症が残ったことから学問で身を立てようと志しました。

薩摩藩の郡奉行・迫田次右衛門利済との出会い
西郷は薩摩藩の郡奉行、迫田次右衛門利済の考えに非常に影響を受けました。迫田は「役人が農民に過剰な税を課し、虐めることは自らを破滅に導く」と考えていました。このような考え方を踏襲した西郷は、生涯尊敬した藩主、島津斉彬に認められ、道を拓いていきました。

座右の銘「敬天愛人」
西郷は道徳的な人物であり、座右の銘は「敬天愛人」。意味は、「自分を慕っている人がいる限りその人たちのために尽くし、それで死んでも本望である、そして、それこそが天命である」というもの。外国勢と組んだ幕府に対し、勝算はないと感じながらも西南戦争で戦ったのは、自分を慕って薩摩に集まった人々の気持ちを汲んでのことでした。他にも、人を惹きつけ、慕われた人物であったと感じられるお話がいくつもありました。

まとめ
私利私欲や名誉のためではなく、日本の将来のために一生を捧げた西郷隆盛。そんな彼の半生を垣間見ただけでも、日本人としてのあるべき姿、人徳者として慕われるべき者の心構えを、改めて考えさせられました。今回の学びを今に活かし、西郷隆盛のように多くの人に愛され、思慕されている人物になりたいものです。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

前原誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2017年6月12日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

6月12日、徳真会クオーツタワー クオーツギャラリー10階にて、前原誠司先生による国家観養成講座を開催致しました。
前回に続くかたちで「私か?総理になったら何をやるか? その2」というテーマでご講演いただきました。

おもに“国力”を高めること、国を守ることについて先生のお考えをお話いただきました。
国力を高めるためには、先生が国家戦略担当大臣をされていた頃から力点を置かれていた人口政策が重要と、改めて強調されました。
また、周辺国の現状や日本の置かれた立場についてもお話しいただき、国民ひとり一人がどのような日本の未来を考えて行動するか考えさせられました。

次に、エネルギー問題にも言及され、原子力発電だけでなく再生可能エネルギーの将来性や原子力発電に依存している現状からの脱却を目指す方向性についてご教授いただきました。

私たちも、この国を、自分の身を守るため、自分を取り巻く環境のことについて日頃から関心をもち、自分に出来る行動を一つ一つ実行に移していきたいものです。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

深谷隆司先生による「第5回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年5月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

元通産大臣で自民党東京都連最高顧問の深谷 隆司先生を塾長にお招きし、
「温故知新塾」を開催しました
毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いただいている今年の温故知新塾ですが、今回はたまたま中曽根康弘元首相の白寿のお祝いと日が重なったことから、中曽根康弘元首相についてご講義いただきました。

中曽根元首相が大切にされている“縁”
中曽根元首相は特に、「結縁・尊縁・道縁」を重んじています。
結縁...縁を結ぶこと
尊縁...結んだ縁を尊ぶ事
随縁...結んだ縁に従い生きていくこと
種が、植えただけで花が咲くとは限らず、肥料や水などの外的条件が不可欠であるように、人生を花開かせるためにも、何らかの外的条件が必要です。それこそが、縁である、と教えていただきました。

「暮れてなお 命の限り 蝉しぐれ」
引退に際して「暮れてなお 命の限り 蝉しぐれ」とうたった中曽根元首相。蝉は、地上に出る時間よりも、土の中にいる時間のほうが長く、地上での短い人生を精一杯生きています。この言葉から、私たちも「日が暮れても、自分の命がある限り、最後の瞬間まで、信念を貫き続け生きていく」ことの大切さを学びました。

まとめ
いつもの温故知新塾とは違い、今回語っていただいた中曽根元首相のお話は、ほとんど深谷先生が実際に見聞きされた内容でした。それだけ、今回ご教授いただいた数々の教訓は、「身近」と言ってはおこがましいですが、受講者の皆様それぞれがいつもと比べて特別な受けとめ方をされたことと思います。過去からも“いま”からも多くのことを学び、彩り豊かな人生にしていきたいものです。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年4月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

4月17日 徳真会クオーツタワーにて、温故知新塾の4回目の講義が行われました。
今回のラインナップは、”平将門・平清盛・源頼朝・源義経”。
平将門は、平安時代がその名にふさわしく穏やかではなくなりつつある時勢に、世の中の乱れを正した人物として紹介されました。
当時権力を掌握していた国司・受領は、自己の利益ばかりを追求していたそうです。
一方で、国司の部下にあたる郡司は、民を大切にしていたとのこと。
将門は、その郡司とともに、国司・受領の暴走を抑えたのです。
戦も、郷土を守るために敵地に乗り込んで行い、勝利してしまうほど
郷土愛に満ちたその姿勢、強さと優しさに、感銘を受けました。
平家物語冒頭の「おごれる者も久しからず」という教訓を残した“反面教師”ともいえるのが、平清盛。
おごり高ぶった末の、後味の悪い最期にはなりましたが、
破った源氏の、当時14歳だった頼朝や、牛若(のちの義経)を殺さなかった
情の深い一面も紹介していただきました。
もしもそのとき頼朝や義経を生かしておかなかったら…と、
知れば知るほど様々な「もしも」が浮かぶのが歴史の面白いところ。
そして、生き延びた頼朝、義経の対象的な育ち方からも、歴史の面白さを
紹介していただきました。
常に認められて育ってきた頼朝に対し、貧しく、認められず、苦労してきた義経。
苦労の末に大成し、源氏の快進撃の中心となったにもかかわらず、
頼朝の嫉妬を買い、潰されてしまった義経。
「正しく生きた人が支持される」こともあれば、
「正しく生きたにもかかわらず、潰される」こともある。
そこには妬み、嫉みといった単純ではない人間の様々な感情が渦巻いている…
今回も、歴史の面白さとともに人間そのものの面白さを味あわせていただきました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第3回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2017年3月27日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

毎月、歴史上の人物にフォーカスをあてて日本の歴史や文化の素晴らしさを講義いただいている今年の温故知新塾。
今回のラインナップは〝桓武天皇・藤原道長・ハプスブルグ家・清少納言・紫式部〟でした。

44歳という働きざかりの年齢で即位し、混乱の世を治めるべく尽力したのが桓武天皇。 当時、権力を掌握していた神社・寺院に対しては行いを正し、兵役と税に苦しんでいた農民に対しては義務を緩和したとのこと。
"強きをくじき弱きを助ける"その姿勢に感銘を受けました。

「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思えば」で知られるのは藤原道長。
藤原家は、自らの力で成りあがろうとするのではなく、娘を后にし、天皇の親族になることで力をつけていきました。
このような“戦略結婚”によって勢力を拡大していった例が日本だけでなく、中世ヨーロッパにもあったとしてご紹介いただいたのが、ハプスブルク家でした。

そして、ハプスブルク家の在り方から“女性の強さ”を教えていただいた一方で、紫式部が世界最古の小説を書いた背景に、男性の地道な努力があったとのお話も印象的でした。

今回のラインナップからも、学びとり、参考にできそうな知恵が盛りだくさんであり、参加された皆様それぞれが様々な視点からご講演を楽しまれたのではないかと思います。
次回の講義も楽しみにさせていただきたいと思います。
この度は貴重なご講演をいただき、誠にありがとうございました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

前原誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2017年3月6日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリー

3月6日徳真会クオーツタワー10階にて、国家観養成講座を開催致しました。

今回は、「私が総理になったら何をやるか?」をテーマにご講演を頂きました。
<基本的な考え方>
①「高福祉 皆負担」
②世代間の分断をなくす
→全ての世代のニーズに応える
③低所得者と高所得者の分断をなくす
→所得制限を撤廃する

前原先生は、講義の中で何度も”徹底的に”という言葉を使っていらっしゃいました。
私たちも、国家地域業界から自立した組織運営を実現すべく、日々徹底的に努力を積み重ねていくことが必要だと感じさせられました。

貴重なご講演を賜り、誠にありがとうございました。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2016年11月14日

11月14日(月)徳真会クオーツタワー10階にて、国家観養成講座が開催されました。

今回は、「All for All が目指す社会像」をテーマにご講演を頂きました。 アベノミクスの検証では、金融政策という部分においては成果が得られた部分やそこから生じた問題点についてを学ぶことができたと思います。

また、本日のテーマである「All for All」については、日本の人口変移をもとにして、現時点での問題について、若年層から老年層までが納得ができる税制改革など、日本の将来について深く考えさせらるものであったと思います。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

齋藤 健先生による「国家観養成講座」

講師/齋藤 健先生

開催日/2016年10月3日

10月3日(月)ゼネラル東京にて、現農林水産副大臣である齋藤健先生による国家観養成講座が開催されました。

本日は、「戦前史に見る日本の自画像― 過ちを繰り返さないために」をテーマにご講演をいただきました。
「和」は日本人が誇るべき美しいものである一方で、日本人の弱点でもあることを学びました。
人と人とが関わりあう組織の中では、互いに悪い方向へ引きずり合うのでなく正しい和を作っていけるよう、また、時には和を乱しても正しいことを個人がしていけるようにならなければならないと感じました。

<齋藤 健先生プロフィール>

衆議院議員 1959 年東京都生まれ。 1983 年 東京大学経済学部卒業。通商産業省入省。衆院選立候補のため退職するまで23 年間同省に奉職。この間、資源エネルギー庁石油部流通課課長補佐、中小企業庁金融課課長補佐を経て、1994 年に通商政策局米州課課長補佐に就任し、橋本通産大臣の下で、難航する日米自動車交渉に携わる。 その後、大臣官房秘書課人事企画官などを経て1999 年に深谷通産大臣の秘書官を務める。資源エネルギー庁電力基盤整備課長在任中に、 上田埼玉県知事に請われて、2004 年同県副知事に就任。2006 年通産省を退職。同省奉職中の1991 年ハーバード大学ケネディ行政大学院で修士号を取得。 2009 年 第45 回衆議院議員総選挙において比例南関東ブロックで初当選。同年、自民党はじまって以来の一年生部会長として環境部会長に就任。 2010 年には石破茂政調会長の下で政務調査会事務局長。自民党のあらゆる政策のとりまとめにあたる。 2012 年 第46 回衆議院議員総選挙に小選挙区千葉七区より二期目の当選。同年12 月より環境大臣政務官。 2013 年 10 月 自民党農林部会長 2014 年 9月 自民党副幹事長・農林部会長 2014 年 12 月 三期目の当選。自民党副幹事長・農林部会長 2015 年 10 月 農林水産副大臣 2016 年 8 月 農林水産副大臣 再任 ・趣味は、読書、ハンドボール、ボクシング、カラオケ、映画。 ・愛読書は、「ローマ人の物語(塩野七生著)」、司馬遼太郎の一連の小説。 ・尊敬する人は、原敬、高杉晋作、鈴木貫太郎、ユリウス・カエサル。 ・著書に「転落の歴史に何を見るか」(ちくま文庫)

深谷隆司先生による「第10回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年10月19日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

10/19(水)、徳真会クオーツタワーにて第10回温故知新塾が開催されました。

深谷先生による、温故知新塾が本日10/19日の講義を持って終了しました。
一年間、10回にわたるご講演誠にありがとうございました。
毎月全く異なるテーマにてご講演をいただいた裏には、数知れない研究と努力があったことと想像できます。
大変勉強になりました。

今回のテーマ「憲法問題について」では今話題のトランプ大統領候補の話題から始まり、現代の憲法を取り巻く状況についての講義が行われました。
日本国憲法は当時、アメリカにとって間接統治として導入されたものでありますが、そこから憲法改定においてはタブー視され、触れにくい傾向にあります。

深谷先生は憲法の主な問題を下記のように言われました。
1、家族やコミュニティーの位置づけの欠如
2、国家最大の責務、安全序章に対する欠如
3、国際社会への平和貢献に対する欠如
4、自然環境保護の規定の欠如

では、憲法に大事なことは何か?
深谷先生は歴史を踏まえた国家観、価値観だと言われました。
それは今年10回にわたって行われた国家観養成講座の内容に他ならないもので、温故知新のテーマが今回の憲法問題の課題において結びついたように感じました。
私たち次の時代を生きていく人間にとって、憲法問題は、大きな課題として共存していかなければならないと思います。

来年の第二期からのご講義もぜひよろしくお願いします。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

佐々木則夫先生による「第105回 一燈塾」

講師/佐々木 則夫先生

開催日/2016年10月13日

開催場所/まつむら歯科 新潟診療所

元サッカー日本女子代表監督 佐々木 則夫 先生をお招きし、「第105回 一燈塾in新潟」を開催いたしました。

<佐々木 則夫先生プロフィール>

昭和33年 山形県生まれ 帝京高校・明治大学を経てNTT関東サッカー部で選手として活躍。 現在はプロサッカー指導者の他、十文字学園女子大学副学長、びわこ成蹊スポーツ大学特任教授、尾花沢ふるさと大使、つや姫大使など、幅広い方面で活躍中。 さいたま市在住。 1990年…現役引退、NTT関東サッカー部・大宮アルディージャでコーチ、監督を歴任 2006年…日本サッカー協会 なでしこジャパン(日本女子代表)コーチ就任 2007年…日本サッカー協会 なでしこジャパン(日本女子代表)監督就任 2008年…東アジア女子サッカー選手権に優勝し、日本初のタイトルをもたらす 北京オリンピック ベスト4 2010年…東アジア女子サッカー選手権で2度目の優勝 2011年…FIFA女子ワールドカップ ドイツ2011で日本サッカー初の世界一へ導く 2012年…ロンドンオリンピック 銀メダル獲得(日本サッカー史上初) 2014年…AFC女子アジアカップ 優勝 2015年…FIFA女子ワールドカップ カナダ2015 準優勝 【受賞歴】 2011年…国民栄誉賞(サッカー日本女子代表)、紫綬褒章、AFC最優秀監督賞、明治大学特別功労賞、ゆうもあ大賞、財界賞特別賞、尾花沢市市民栄誉賞、山形県県民栄誉章、さいたま市民栄誉賞、文部科学省スポーツ功労賞 2012年…FIFAバロンドール女子最優秀監督賞(2011年年間表彰)、尾花沢市特別功労賞、ベストドレッサー賞 2015年…さいたま市長特別賞、尾花沢市市民特別功労賞、埼玉県民栄誉章、山形県スポーツ大賞 【著書】 「なでしこ力」(佐々木則夫)・・・・・・・講談社 「なでしこ力 次へ」(佐々木則夫)・・・・講談社 「勝つ組織」(佐々木則夫 山本昌邦)・・・角川書店 【ホームページ】 佐々木則夫オフィシャルサイト  http://junon.co.jp

深谷隆司先生による「第9回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

9/21(水)、徳真会クオーツタワーにて第9回温故知新塾が開催されました。

今回は「東京裁判を検証する」をテーマにご講演をいただき、東京裁判の整合性について考えさせられ、そして驚かされました。
東京裁判で犯罪国家と烙印を押され戦前の日本の行為は全て悪行との印象を持たれてしまいまいしたが、裁判は極めて不平等であったことを学びました。
我々は今後この誤りがあったことを知り、伝えていかなければならないと強く感じました。

この度は貴重なご講演を賜り、誠にありがとうございました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第8回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年8月10日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

8/10(水)、徳真会クオーツタワーにて第8回温故知新塾が開催されました。

今回は「大東亜戦争の背景」をテーマにご講演をいただき、大東亜戦争開戦から終戦までの日本と諸外国の経緯について学びました。
日本全体で自国の為、祖国のために考え、行動した姿勢に強く感銘を受けました。また沖縄戦ではひめゆり部隊、勤王隊のお話では、改めて戦争の厳しさをお話しいただきました。現在は沖縄の基地問題もありますが、今までの経緯や今後の日本の国防を考えていきたいと思います。

この度は貴重なご講演を賜り、誠にありがとうございました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

佐々木則夫先生による「第104回 一燈塾」

講師/佐々木 則夫先生

開催日/2016年7月5日

開催場所/あすと長町デンタルクリニック

7月5日(火)あすと長町デンタルクリニックにて第104回「一燈塾 in 仙台」が開催されました。
講師は佐々木則夫先生をお招きし、なでしこジャパン監督、プロサッカー指導者としての経験を通して得た 「佐々木流マネジメント」というテーマでご講演いただきました。

 佐々木先生はチームをマネジメントする上で夢や目標を高揚させること、戦略・戦術を全体で徹底すること、プレーヤーズファーストの精神を浸透させることなど、選手・運営スタッフ全体が同じ方向に向かうことが重要だとおっしゃっていました。
徳真会でもクリニック・ワールドラボ・ゼネラルが同じ方向で、同じ理念を持つことが大切なのだとあらためて気を引き締めることができました。

 また、女子サッカー選手の強みを活かした教育を行う上で、時には厳しい言葉で指導してしまう場面もあったそうです。
そのような時には、自身の反省も交えて伝えたい事を熱心に語ることがアフターフォローになるとも教えてくださいました。

 今回は指導者の視点から、マネジメントについて、また、指導する側だけではなく指導を受ける側からも知っておくべき教訓をたくさんいただきました。

 素晴らしいご講演を賜り、佐々木則夫先生には厚く御礼申し上げます。

<佐々木 則夫先生プロフィール>

昭和33年 山形県生まれ 帝京高校・明治大学を経てNTT関東サッカー部で選手として活躍。 現在はプロサッカー指導者の他、十文字学園女子大学副学長、びわこ成蹊スポーツ大学特任教授、尾花沢ふるさと大使、つや姫大使など、幅広い方面で活躍中。 さいたま市在住。 1990年…現役引退、NTT関東サッカー部・大宮アルディージャでコーチ、監督を歴任 2006年…日本サッカー協会 なでしこジャパン(日本女子代表)コーチ就任 2007年…日本サッカー協会 なでしこジャパン(日本女子代表)監督就任 2008年…東アジア女子サッカー選手権に優勝し、日本初のタイトルをもたらす 北京オリンピック ベスト4 2010年…東アジア女子サッカー選手権で2度目の優勝 2011年…FIFA女子ワールドカップ ドイツ2011で日本サッカー初の世界一へ導く 2012年…ロンドンオリンピック 銀メダル獲得(日本サッカー史上初) 2014年…AFC女子アジアカップ 優勝 2015年…FIFA女子ワールドカップ カナダ2015 準優勝 【受賞歴】 2011年…国民栄誉賞(サッカー日本女子代表)、紫綬褒章、AFC最優秀監督賞、明治大学特別功労賞、ゆうもあ大賞、財界賞特別賞、尾花沢市市民栄誉賞、山形県県民栄誉章、さいたま市民栄誉賞、文部科学省スポーツ功労賞 2012年…FIFAバロンドール女子最優秀監督賞(2011年年間表彰)、尾花沢市特別功労賞、ベストドレッサー賞 2015年…さいたま市長特別賞、尾花沢市市民特別功労賞、埼玉県民栄誉章、山形県スポーツ大賞 【著書】 「なでしこ力」(佐々木則夫)・・・・・・・講談社 「なでしこ力 次へ」(佐々木則夫)・・・・講談社 「勝つ組織」(佐々木則夫 山本昌邦)・・・角川書店 【ホームページ】 佐々木則夫オフィシャルサイト  http://junon.co.jp

深谷隆司先生による「第7回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年7月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

7月20日(水)、徳真会クオーツタワーにて第7回温故知新塾が開催されました。

今回は「日露戦争と大東亜戦争までの歩み」をテーマにご講演をいただき、 日露戦争に至った経緯や戦争過程、その結果と世界情勢について学ぶことが出来ました。
深谷先生もおっしゃられていたように、一つの戦争が新たな戦争の火種となっていったこの時代を理解することで、私たち一人ひとりが戦争のない世界を実現する方法を考えていかなければならないと感じました。

この度は貴重なご講演をいただき、誠にありがとうございました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

山下泰裕先生による「第103回 一燈塾」

講師/山下 泰裕先生

開催日/2016年6月14日

開催場所/徳真会クオーツタワー 10階 クオーツギャラリーホール A

6月14日、徳真会クオーツタワーにて山下泰裕先生による一燈塾が開催されました。テーマは「夢への挑戦」。

山下先生は、ロサンゼルスオリンピック柔道金メダル、そして公式戦203連勝という輝かしい成績を残されました。現在は柔道やスポーツを通して「人づくり、人間教育」を目指して全日本柔道連盟をはじめ、様々な団体やプロジェクトにて活躍されています。

今回の山下先生のお話は、ロサンゼルスオリンピックで金メダルに輝くまでの道のりではなく、主にその後の活動や現在の山下先生の人格がつくられていった過程について語られました。 特に印象深かったエピソードは、ロサンゼルスオリンピックを機に現役を引退された山下先生が大学柔道部にて教育者として活動を始められときのお話です。

当時、大学4年生だった柔道部の生徒は山下先生から見ると、モチベーションが低く、楽な方ばかりを選ぶ生徒として映っていました。しかし、ネガティブな印象と裏腹にその生徒は白血病の子供のお見舞いに通い詰めるという、優しい一面を持って いました。
それを機に山下先生は、どんな人にも必ず光り輝く一面があること、また同時にそれまで自身がそういった生徒としっかりと向かい合っていなかったのだということに気付かれたそうです。
「叱ることも大事だけれども、一人ひとりのいいところを引き出し光を当てることで、十人十色の輝きが生まれるのではないか。加えて、教育者として人を多面的に見ていく必要がある」と。
その後は多くの生徒との良好な関係を築くことが出来たそうです。

山下先生が人生にかけた「夢への挑戦」とは
・子供たちが柔道をすることを楽しみにするような時代が来ること。
・柔道は人間教育だと言われるようになること。
・こういう柔道界をつくりたい。

様々な失敗や苦悩を超えて、夢に向かって突き進まれる山下先生の姿勢に感化された方も多いのでは。
私たちもこのような姿勢をもって、大きな夢に向かって取り組んでまいります。

<山下 泰裕先生プロフィール>

1957年 熊本県上益城郡矢部町生まれ。 現役時代は、1977年から1985年まで全日本柔道選手権9連覇、 1984年ロサンゼルスオリンピック優勝などの成績をおさめ、公式戦203連勝を達成し、1985年に現役を引退する。 引退後は全日本柔道男子強化ヘッドコーチ、国際柔道連盟教育コーチング理事などを歴任した。 現在は東海大学理事・副学長、国際柔道連盟理事、全日本柔道連盟会長 、日本オリンピック委員会理事・強化本部長、ナショナルトレーニングセンター(NTC)長、認定NPO法人柔道教育ソリダリティー理事長などを務める。 柔道8段。国民栄誉賞、紫綬褒章、ロシア連邦「友好勲章」等、数多くの受賞歴あり。

深谷隆司先生による「第6回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年6月15日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

6月15日(水)徳真会クオーツタワーにて深谷隆司先生による温故知新塾が開催されました。

「日本のあけぼの 明治維新、日清戦争」をテーマに明治維新から日清戦争に至るまでの激動の日本について語っていただきました。
当時の歴史だけではなく、仏教の観点など幅広い引き出しからご講義いただきました。

講義の中で、明治維新の陰には多くの人たちの意思や決断があることを知りました。
当時の方に共通するのは「無私」「愛国心」だといいます。
「藩」というくくりにとらわれず、「国」という視野をもって多くの人が動いたそうです。
こういった歴史を知ることで日本人としてのあるべき姿を考えてなければいけないと感じます。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2016年5月23日

5月23日(月)徳真会クオーツタワー10階にて、国家観養成講座が開催されました。

中東と欧州を中心とした歴史から始まり、第二次世界大戦や冷戦の中での各国との関係性やそこから今に至るまでのお話をしていただきました。

日本のことはもちろん過去の様々な国の歴史を知り、私どもも日本国民一人ひとりが、日本の在り方について考え、今ある生活を大切にしていけるような生き方をしなければいけないと感じました。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

深谷隆司先生による「第5回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年5月18日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

5月18日(水)徳真会クオーツタワーにて深谷隆司先生による温故知新塾が開催されました。

今回は「基本となる教育勅語」をテーマにお話ししていただきました。
教育勅語のお話と武士道のお話の中で、前者では12の徳目、後者では7つの徳目がありました。
どの徳目も、日本人ならではの考えや、現代人に欠けている要素でありましたので、日々生活する中で、徳目を意識していきたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第4回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年4月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

4月20日(水)徳真会クオーツタワーにて深谷隆司先生による温故知新塾が開催されました。

今回は「日本の道徳の歩み 神教、仏教、儒教の融合」をテーマにお話ししていただきました。
お話を聞き、今現在の教育や道徳観について考える機会となり、大変貴重な時間を過ごさせていただきました。
普段の生活の中から、社会のため、ひいては国のために行動できるよう、仁や礼等の精神を大切にして過ごしていきたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第3回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年3月16日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

3月16日(水)徳真会クオーツタワーにて深谷隆司先生による温故知新塾が開催されました。

今回は「文字の変化と文明」をテーマに古事記や日本書紀などの古典を例にお話ししてくださいました。
文字の変化からも異文化を取込、独自に文化を発展させてきた日本人の多様性を知ることができました。
私たちも古典を読み、歴史を知ることで日本人としてのあるべき姿を考えてなければいけないと感じております。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2016年2月15日

2月15日(月)徳真会クオーツタワー10階にて、国家観養成講座が開催されました。

今回は
Ⅰ世界経済の見通し
Ⅱ地政学リスクの拡大
Ⅲ日本の取るべき方向性
という順序でお話しいただき、原油から紐解く世界経済の減速、中東やEU諸国を中心とした世界の混乱やテロについて、複雑な背景を分かりやすくご説明いただきました。

現在の日本はアメリカとの関係で一時的に安全を保っています。しかし、それが永遠に続くと断言することはできません。今回の講座を通して、私ども国民一人ひとりが、日本の在り方について考え、有事の際に何をするかきちんと考えなければならないと実感いたしました。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

深谷隆司先生による「第2回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年2月17日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

2月17日(水)徳真会クオーツタワーにて深谷隆司先生による温故知新塾が開催されました。
第二回目の今回は、歴史からみる日本人の性質についてお話しいただきました。
日本の特性として、中国や欧米の文化や宗教を自由に摂取できることでの柔軟性や、手の抜けない仕事である稲作に取り組んできたことによる勤勉さを上げられていました。
私どもの母国、日本の歴史を知ることで、自分たちを客観的にとらえて指針とすることで、今後どのように生きてくのかしっかり考えていきたいものです。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷隆司先生による「第1回 温故知新塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2016年1月20日

開催場所/徳真会クオーツタワー10F

東京青山の徳真会クオーツタワーにて深谷先生による温故知新塾の第一回目の講義が行われました。
講義の開始際に、君が代斉唱や五誓の唱和など身が引き締まる思いで受けさせて頂きました。
また講義の中で、『御縁』というテーマがあり、深谷先生が挨拶をする中で入念な準備が必要という理由について、御相手のお時間を頂いて挨拶を行うので入念な準備をしているというお言葉と、深谷先生が今までの国家観養成講座等の講義においても、原稿を作成し、入念な下準備をして臨んでいる。という事を理事長が仰っていた事を思い返し、いかなる時も入念な準備をして物事にあたる必要があると感じました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷 隆司先生による講演会「国家観養成講座」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2015年7月1日

7月1日(水)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。

今回は、前回の続きである日露戦争終戦後から、今日に至るまで歴史の流れをふまえた日本国憲法のなりたちと、現憲法の具体的な問題点について分かりやすくお話ししていただきました。

諸外国の様に、日本の歴史や文化に根ざした憲法に変えてゆくことの必要性と、正しい歴史について自発的に知ろうとする姿勢を身に付けることの重要性を感じました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

深谷 隆司先生による講演会「国家観養成講座」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2015年5月20日

5月20日(水)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は、自民党政経塾塾長、自民党都連最高顧問の
深谷隆司先生を講師にお迎えしました。

今回は普段論ずることの少ない憲法について、現在の日本国憲法の成り立ちや問題点、そもそも憲法に大事なことは何か、などの貴重なお話を伺うことができました。

特に、日本人の歩んできた歴史や育んできた文化・文明。そうした全てを生み出した精神に根ざした憲法こそが重要であるというお言葉には、非常に考えさせられました。

自分たちが生きている日本について正しい知識を身に着け、積極的にかかわっていくことができるように、一人ひとりがしっかりとした国家観を持つことができるよう、今後も学んで参りたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

塩沼 亮潤大阿闍梨先生による「第102回 一燈塾」

講師/塩沼 亮潤 大阿闍梨先生

開催日/2015年6月5日

開催場所/あすと長町デンタルクリニック

「あすと長町デンタルクリニック」にて6月5日に
【第102回】一燈塾in仙台を開催致しました。

今回は、慈眼寺住職 塩沼 亮潤大阿闍梨 先生に
「毎日が小さな修行」というテーマでご講演頂きました。

<塩沼 亮潤 大阿闍梨先生プロフィール>

昭和43年 宮城県仙台市生まれ 昭和61年 東北高校卒業 昭和62年 吉野山金峯山寺で出家得度 平成 3年 「大峯千日回峰行」入行 平成11年 「大峯千日回峰行」満行 (千日間、1 日48km巡行) 平成12年 「四無行」満行 (9日間、断食・断水・不眠・不臥) 平成18年 「八千枚大護摩供」満行(100日間、塩断ち、五穀断ち後、一昼夜護摩供) 現在 仙台市秋保・慈眼寺住職 / 大峯千日回峰行大行満大阿闍梨

平尾誠二先生による「第101回 一燈塾」

講師/平尾 誠二先生

開催日/2015年2月16日

開催場所/あすと長町デンタルクリニック

「あすと長町デンタルクリニック」にて2月16日に
【第101回】一燈塾in仙台を開催致しました。

今回は、神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネージャー、元ラグビー日本代表監督の
平尾誠二先生に「勝者のシステム ラグビーに学ぶ 強い組織の創造」というテーマでご講演頂きました。
選手として、監督として、チームを数々の勝利に導いた平尾先生のお話は、
私たち徳真会グループのスタッフはもちろんのこと、
ご参加いただいた市民の方々にもとても参考になる内容で、
人としての意識の持ち方を学ぶことが出来ました。

<平尾 誠二先生プロフィール>

1963年 京都市生まれ。 同志社大学大学院「総合政策科学研究科」 修士課程修了。 1975年 京都市立陶化中学入学と同時にラグビーを始める。 伏見工業高校3年時、全国大会優勝。 同志社大学在学中、史上初の大学選手権3連覇に貢献。 卒業後、1年間の英国留学を経て、1986年に(株)神戸製鋼所に入社。 入社3年目よりチームを7年連続日本一に導く。 1987,1991,1995年のワールドカップに、3大会連続して出場。 1991年時はキャプテンを務め、日本代表初勝利を飾る。日本代表キャップ35。 現役引退後は、1997年から2000年まで日本代表監督を務め、1999年のワールドカップにチームを導く。 神戸製鋼ラグビー部では、ゼネラルマネージャーとしてチームの運営にあたる。 一方で、2000年、「スポーツに関心を寄せるすべての人々のコミュニティーの健全な発展に寄与する」ことを目的に、特定非営利活動法人 スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(略称SCIX)を設立し、理事長に就任。 2011年2月 文部科学省 中央教育審議会 委員に就任。 2012年5月(財)ラグビーワールドカップ2019組織委員会 理事 就任。 ※2006年4月~2007年3月 (財)日本ラグビーフットボール協会 理事 ※2008年7月~2010年7月 (財)日本サッカー協会 理事

第100回「一燈塾in仙台」

講師/橋 幸夫先生

講師/三浦 雄一郎先生

講師/紀里谷 和明先生

開催日/2014年11月30日

開催場所/あすと長町デンタルクリニック

<講演テーマ・講師>
①『人生は出逢い!一生健康、一生学習』
  歌手・俳優 橋 幸夫先生

②『希望への軌跡 ~80歳エベレスト登頂への道~』
  プロスキーヤー 三浦 雄一郎先生

③ 三者対談「それぞれの道」
  進行役:歌手・俳優 橋 幸夫先生

プロスキーヤー 三浦 雄一郎先生
映画監督 紀里谷 和明先生
医療法人徳真会グループ理事長 松村博史

<橋 幸夫先生プロフィール>

演歌歌手 役者 1960年デビュー曲「潮来笠」の爆発的大ヒットで、日本レコード大賞新人賞の第一号受賞者となる また、その年のNHK「紅白歌合戦」の出場から連続17回、計19回出場 老人性認知症の実母と橋幸夫一家の物語を描いた「お母さんは宇宙人」がベストセラーになり、日本の老人医療・介護問題に一石を投じる 今年2010年、芸能生活50周年を迎える

<三浦 雄一郎先生プロフィール>

プロスキーヤー 冒険家 1932年青森市に生まれる。 北海道大学獣医学部卒業後、1964年イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加、時速172.084キロの当時の世界新記録樹立。1966年富士山直滑降。 1970年エベレスト・サウスコル8000m世界最高地点スキー滑降(ギネス認定)を成し遂げ、その記録映画 [THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST] はアカデミー賞を受賞。 1985年世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。 2003年、5月、次男で元オリンピック選手の豪太とともに世界最高峰エベレスト山(8848m)登頂。当時の世界最高年齢登頂(70歳)と初の日本人親子同時登頂の記録を樹立。 2008年5月、75歳にてエベレスト2度目の登頂を果たす。アドベンチャー・スキーヤーとしてだけでなく、全国に1万人いる広域通信制高校、クラーク記念国際高等学校の校長として、また行動する知性人として国際的に活躍中。 記録映画、写真集、著書多数。

<紀里谷 和明先生プロフィール>

映画監督 1968年熊本県生まれ 1983年に渡米し、ニューヨークをベースにフォトグラファーとして活動 1994年から、宇多田ヒカル、SMAP、大黒摩季、MISIA、ザザンオールスターズなどの CDジャケットやミュージックビデオを手がける 映画監督としても活躍の場を広げており、2004年に「CASSHERN」、2009年に「GOEMON」を公開

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2014年10月16日

10月16日(木)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は衆議院議員の前原誠司先生を講師にお迎えし、
「あるべき税制とは」というテーマでお話していただきました。

普段なにも考えずに払っている消費税や、法人税について、
その仕組みや考え方等について、パワーポイントの資料も含めて
わかりやすく解説して頂きました。

税金の仕組みを教わる事で、日ごろ何も考えずに支払っている消費税や、法人税について考えを改めることが出来ました。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

深谷 隆司先生による講演会「国家観養成講座」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2014年9月10日

9月10日(水)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は、自民党政経塾塾長、自民党都連最高顧問の
深谷隆司先生を講師にお迎えしました。

中曽根先生をはじめ、田中角栄先生など様々な著名な方々とのかかわりを通しての、
区議会議員、都議会議員、国会議員時代の貴重なお話を伺うことが出来ました。

深谷先生はご自身の政治生活の中で、幾度となく逆境に遭遇するような場面があっても、
中曽根先生をはじめ、各所で背中を押してくれる人の存在があり、
逆境を乗り越えられて政界で地位を築かれました。

それは、当時、誰もが知っている有名な政治家であった
中曽根先生に目をかけてもらえるようになったことなど、
すばらしい出会いに恵まれていたこともありますが、
時には中曽根先生に対して啖呵を切ったり、味方ながらも反対意見を主張する等、
強い意志を持ち続ける姿勢が、
派閥を越えてさまざまな方から信頼を受けることにつながっていったのだとわかりました。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

古葉 竹識先生による「第99回 一燈塾」

講師/古葉 竹識先生

開催日/2014年8月20日

8月20日(水)目黒にて、一燈塾が開催されました。
今回は、野球解説者で東京国際大学硬式野球部監督、
元プロ野球選手・監督の古葉竹識監督を講師にお迎えしました。

「二重人格」だと言われる程に厳しく指導してこられた監督時代のお話からは、
厳しさの裏にある、監督としての責任感と選手たちへの思いやりの気持ちの強さを感じました。
自分の役割に責任感を持つことと、チームのメンバーを思いやることが、
チームプレーの上で大切であるということを学びました。
それは野球だけでなく、普段の業務をしていく上でも通じることだと感じました。

「医療は人なり」という理念のもとに、チーム医療を展開し、
患者様本位の医療を展開してきた徳真会グループにとって、
大変有意義なご講義を頂きました。

<古葉 竹識先生プロフィール>

野球解説者 東京国際大学硬式野球部監督 元プロ野球選手・監督 1963年生まれ 京都府京都市南区出身 1958年広島カープ入団 1964年、1968年盗塁王に輝く この事がのちの監督時代のチーム作りの礎となった 1975年5月広島カープ監督就任 広島カープ創立26年目にして、セ・リーグ初優勝を果たす 「本当に優勝したんですね」の名言を残す 著書「耐えて勝つ」出版 【監督通算成績】 873勝791敗137分/リーグ優勝4回/日本一3回/最優秀監督賞4回

松原 仁先生による「国家観養成講座」

講師/松原 仁先生

開催日/2014年8月11日

8月11日(月)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は、衆議院議員の松原仁先生を講師にお迎えしました。

国家公安委員長を務められた際に、拉致問題に奮闘されてこられた松原先生からは
拉致問題と、日朝関係の現状を熱い語り口でお話していただきました。
拉致問題に対して、オールジャパンで共有認識を持ち、
政府全体で取り組むべきであるというこをお話しいただきました。

また、プラシーボ効果を利用することの大切さについてもお話頂きました。
今後の日本は自信と強い気概を持ち、
国際社会の中で各国と渡り合っていくことの必要性を教えていただきました。

今後も国際社会の現状を正しく理解し、
しっかりとした国家観を持つことができるよう取り組んで参ります。

<松原 仁先生プロフィール>

衆議院議員 1956年生まれ 1981年 早稲田大学商学部卒業 1981年 財団法人松下政経塾に入塾(第二期生) 1989年 東京都議会議員(~1996年まで二期) 2000年 衆議院議員(現在四期目) 2007年 新潟県中越沖地震党対策本部事務局次長に就任 2011年 国土交通副大臣就任 2012年 野田改造内閣の国務大臣に就任 国家公安委員会委員長 内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 拉致問題担当

中田 宏先生による「国家観養成講座」

講師/中田 宏先生

開催日/2014年7月29日

7月29日(火)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は自衆議院議員の中田宏先生を講師にお迎えしました。

地方自治について、資金の仕組みや運営の仕方など、
基本的なことをわかりやすく教えていただきました。

その中で地方自治の最大の問題が、
関心の低さにあることを教えていただきました。
自分の住んでいる地域の情報を知ることは、
一人ひとりが義務や責務として認識することべきであるということと、
生きていく上で情報が多い方がプラスになるというメッセージをいただきました。

今後も自分の住む地域や働く環境など、自分の置かれている状況を正しく理解し、
日本で最も優れた歯科医療グループの実現のため、
たゆまぬ努力と挑戦を続けていきます。

<中田 宏先生プロフィール>

衆議院議員 1964年生まれ 1989年 青山学院大学経済学部卒業 1989年 松下政経塾入塾(10期生) 1993年 旧神奈川1区で衆議院議員に初当選 以後、3期連続当選 2002年 無所属で横浜市長選挙に当選(政令市最年少) 2006年 横浜市長選挙に再選 2009年 横浜市長退任 2009年 総務省顧問 2010年 日本創新党代表幹事 2010年 カリフォルニア大学サンディエゴ校 PLF(Pacific Leadership Fellow) 2012年 大阪市特別顧問 2012年 日本維新の会政策委員会顧問 2012年 比例代表北陸信越ブロックで衆議院議員に4期目の当選

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2014年6月16日

6月16日(月)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は、衆議院議員の前原誠司先生を講師にお迎えしました。

「人口減少」、「少子高齢化」、「莫大な財政赤字」、「長引くデフレ」
など日本が現在抱える問題をわかりやすく説明していただき、
それぞれの問題に対しての解決策を詳しくお話していただきました。

お話の中では歯科医療の今後についても語っていただき、
「歯」は平均寿命と密接な関わりがあり、
健康の問題に関わる大事な要素であることを教えて頂きました。

今後も日本が直面している状況や、自分の置かれている状況を正しく理解し、 日本で最も優れた歯科医療グループの実現のため、 たゆまぬ努力と挑戦を続けていきます。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

深谷 隆司先生による講演会「国家観養成講座」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2014年5月26日

5月26日(木)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は、自民党政経塾塾長、自民党都連最高顧問の
深谷隆司先生を講師にお迎えしました。

中学生の時にご自身の人生設計をし、
その夢をひとつひとつ着実に実現してこられたご経験から、
夢を実現するためには一歩踏み出すことが
大切であるということを語っていただきました。

また、出会いを大切にすることも重要なことで、
積極的に交流し、心を通わせ、
思っていることはどんどん語っていくべきであると教えていただきました。

私達も恵まれた環境を最大に活用することで、
それぞれの夢を実現できるよう、
日々の努力を続けていきたいと思います。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

中田 宏先生による「国家観養成講座」

講師/中田 宏先生

開催日/2014年2月18日

2月18日(月)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は衆議院議員の中田宏先生を講師にお迎えしました。

外国では他国による土地の売買には厳しい規制があるが、
日本では何の規制もなく、
すでに自衛隊基地や空港周辺など、
重要な拠点の土地が外国に買われてしまっている場所がある。
日本は国土に対する認識が甘く、
国土を守る意識を強く持つ必要があることなど、
領土問題について現在日本が置かれている状況をわかりやすく教えていただきました。
また、『取る方も悪いが取られる方も悪い』『きちんと守れない方が悪い』という土地に対しての、
日本と国際社会での認識の違いについても知ることができました。

今後も、日本が直面している状況や問題を理解し、
一人ひとりがしっかりとした国家観を持つことができるよう取り組んで参ります。

<中田 宏先生プロフィール>

衆議院議員 1964年生まれ 1989年 青山学院大学経済学部卒業 1989年 松下政経塾入塾(10期生) 1993年 旧神奈川1区で衆議院議員に初当選 以後、3期連続当選 2002年 無所属で横浜市長選挙に当選(政令市最年少) 2006年 横浜市長選挙に再選 2009年 横浜市長退任 2009年 総務省顧問 2010年 日本創新党代表幹事 2010年 カリフォルニア大学サンディエゴ校 PLF(Pacific Leadership Fellow) 2012年 大阪市特別顧問 2012年 日本維新の会政策委員会顧問 2012年 比例代表北陸信越ブロックで衆議院議員に4期目の当選

深谷 隆司先生による「第98回 一燈塾」

講師/深谷 隆司先生

開催日/2014年1月29日

1月29日(水)目黒にて、一燈塾が開催されました。
今回は、自民党政経塾塾長、自民党都連最高顧問の深谷隆司先生を講師にお迎えしました。

「人生は一炊の夢」のお話をもとに、
悠久の人生ではないので、毎日の努力が大切であり、
そのために大事なことを教えて頂きました。

その中で、生きていくのであれば、
エリートになることが大切であるということを語っていただきました。
先生のおっしゃられるエリートとは、
知性と教養があり、行動が早く、愛国心のある人のことだそうです。

また、ご自身が終戦後に満州からの引き上げをされてきた際の壮絶な体験を通して、
先人たちがどんな思いで日本を立て直してきたかを次の世代に伝えていき、
一人一人が日本人としての誇りを取り戻すことが大切であるということを語っていただきました。

グローバルな展開を行っている徳真会グループにとって、
今後の活力となるような素晴らしいご講義を頂きました。
今後も現状に満足することなく、
自信と誇りをもって、患者様のためにたゆまぬ努力と挑戦を続けていきます。

<深谷 隆司先生プロフィール>

1935年9月29日浅草生まれ。 自民党東京都連最高顧問。TOKYO 自民党政経塾塾長。温故知新塾塾長。27歳で台東区議会議員に当選。33歳で都議会議員を経て、37歳で衆議院議員となる。当選9 回。郵政大臣(第52代)、自治大臣(第47代)、国家公安委員会委員長(第57代)、通産産業大臣(第64代・65代)、自由民主党総務会長(第39代)、予算委員長、テロ対策特別委員長を歴任。

平尾 誠二先生による「第97回 一燈塾」

講師/平尾 誠二先生

開催日/2013年11月

今回の講師は、元ラグビー日本代表選手・監督、 現神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーの平尾 誠二氏でした。
山口良治先生の指導のもとラグビー全国高校選手権大会で優勝した高校時代、 ラグビー界での全国制覇記録を塗り替え続けてきた大学、社会人選手時代、 日本代表監督時代、そして現在まで、それぞれご経験されてきたことを、 「ラグビーに学ぶ、リーダーシップと強い組織づくり」というテーマでご講義いただきました。
日本人は恥に抵抗のある人種で、 恥があることにより自ら壁を作ってしまい、自分の成長を妨げてしまっている。 「思ってたのと違う」「自分には合わない」などと言い訳をせずに、 困難に立ち向かって一山越えた先には、 新しい自分の能力が見つかるということを教えていただきました。
また『美意の按配』という言葉があり、 何か良くない出来事が起こった時に、 不幸ととらえるか、後になって役に立つ経験となる神の采配であるととらえるか、 とらえ方や心の持ち方次第で状況が変わるので ポジティブにとらえることが大切であるというメッセージを頂きました。
一見、良くない出来事だと思われる事に直面しても、 『美意の按配』であるとポジティブにとらえることの大切さを学ぶことができました。

<平尾 誠二先生プロフィール>

1963年 京都市生まれ。 同志社大学大学院「総合政策科学研究科」 修士課程修了。 1975年 京都市立陶化中学入学と同時にラグビーを始める。 伏見工業高校3年時、全国大会優勝。 同志社大学在学中、史上初の大学選手権3連覇に貢献。 卒業後、1年間の英国留学を経て、1986年に(株)神戸製鋼所に入社。 入社3年目よりチームを7年連続日本一に導く。 1987,1991,1995年のワールドカップに、3大会連続して出場。 1991年時はキャプテンを務め、日本代表初勝利を飾る。日本代表キャップ35。 現役引退後は、1997年から2000年まで日本代表監督を務め、1999年のワールドカップにチームを導く。 神戸製鋼ラグビー部では、ゼネラルマネージャーとしてチームの運営にあたる。 一方で、2000年、「スポーツに関心を寄せるすべての人々のコミュニティーの健全な発展に寄与する」ことを目的に、特定非営利活動法人 スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(略称SCIX)を設立し、理事長に就任。 2011年2月 文部科学省 中央教育審議会 委員に就任。 2012年5月(財)ラグビーワールドカップ2019組織委員会 理事 就任。 ※2006年4月~2007年3月 (財)日本ラグビーフットボール協会 理事 ※2008年7月~2010年7月 (財)日本サッカー協会 理事

中田 宏先生による「国家観養成講座」

講師/中田 宏先生

開催日/2013年11月20日

11月20日(水)目黒にて、国家観養成講座が開催されました。
今回は衆議院議員の中田宏先生を講師にお迎えしました。

政治家になるきっかけや、
横浜市長として取り組まれてきたことについてお話しいただきました。

アイディアを出しても出しっぱなしにせず、
それを決定し、システム化することが大切である。
決めるべき時に決めるべきことを決めるのが政治であり、
システム化することが政策であるということを教えていただきました。

また、マザーテレサの言葉に、
「愛することの反対語は無関心である」とあったように
みんなが政治に関心を持つことが大切であると語っていただきました。

今私たちが恵まれた社会で生活することができるのは、
先人たちのおかげであるということに感謝をし、
次世代につなげていけるよう日々取り組んで参ります。

<中田 宏先生プロフィール>

衆議院議員 1964年生まれ 1989年 青山学院大学経済学部卒業 1989年 松下政経塾入塾(10期生) 1993年 旧神奈川1区で衆議院議員に初当選 以後、3期連続当選 2002年 無所属で横浜市長選挙に当選(政令市最年少) 2006年 横浜市長選挙に再選 2009年 横浜市長退任 2009年 総務省顧問 2010年 日本創新党代表幹事 2010年 カリフォルニア大学サンディエゴ校 PLF(Pacific Leadership Fellow) 2012年 大阪市特別顧問 2012年 日本維新の会政策委員会顧問 2012年 比例代表北陸信越ブロックで衆議院議員に4期目の当選

小島 英記先生による「国家観養成講座」

講師/小島 英記先生

開催日/2013年11月5日

11月5日、小島英記先生の国家観養成講座が行われました。 今回は共催の松下政経塾の円卓講義室が会場でした。 今回は、小島先生の近著である『小説・横井小楠』を課題図書とし、 「横井小楠の国家論、君主論」というテーマでご講義を頂きました。

維新十傑にも数えられ、維新者たちが思想等で影響を受けた人物は 佐久間象山と横井小楠の2名であると言われるほどの大人物でありながら、 あまり知られていない横井小楠という人物について、 佐久間象山と比較をしながら講義が展開されました。 堯舜孔子の道を重んじる横井小楠にとって、 武士がその道を説きながら行動が伴わず、民を苦しませている状態を打破すること が維新の原動力であったことが読み取れました。

私たち徳真会グループも、松村理事長の唱える「医療は人なり」の理念にしっかりと行動を合致させ、 患者様のために日々の業務に専念しなければならないと改めて考えさせられました。

<小島 英記先生プロフィール>

作家 1945年生まれ 1945年 福岡県八女市生まれ 1970年 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 日本経済新聞社入社。 東京本社編集局経済部配属。金融記者クラブ 1972年 日本経済研究センター委託研究生 1974年 東京本社編集局経済部。虎ノ門記者クラブ(通産省) 1975年 東京本社編集局経済部。交通政策研究会(運輸省記者クラブ) 1976年 日経ビジネス誌記者 1981年 東京本社編集局社会部。遊軍 1984年 遊軍キャップ 1985年 遊軍キャップ。国際部 1986年 パリ特派員 1989年 東京本社編集局社会部次長 1990年 東京本社編集局社会部次長。文化部編集委員 2004年 7月退社、作家となる

山田 宏先生による「国家観養成講座」

講師/山田 宏先生

開催日/2013年10月

今回は、前杉並区長で、現衆議院議員の山田宏先生をお迎えして行われました。

予算の使い道を考える議員という立場とちがい、いかに有効的に少ない予算で経営するかを考える区長という立場を経験された山田先生だからこそ見える、日本の未来について語って頂きました。

また、杉並区長を11年間務められた経験を通して、「杉並区を日本のモデルにする」という目標を掲げ、 実現に近づけるまでの苦悩、努力、区民からの反発をどう乗り越えたか等、様々な具体的事例を挙げながら、わかりやすくご講義頂きました。

講義の中で山田先生から、依存心を高め国を頼るのではなく、日本という国に誇りを持ち、自立心、自尊心を育んでいってほしい、という言葉がありました。
日本の財源が窮迫する中、私たちはこれからも国家依存度の少ない、自立した時代先駆の歯科医療グループ創造を追求し続けていかねばならないと改めて感じました。

<山田 宏先生プロフィール>

衆議院議員 1958年生まれ 1976年 都立国立高校卒業 1981年 国立京都大学法学部卒業 1981年 財団法人松下政経塾に入塾(第二期生) 1985年 東京都議会議員(~1993年まで2期) 1993年 衆議院議員(~1996年) 1999年 杉並区長(~2010年まで3期) 2010年 日本創新党結党 党首就任 2012年 大阪市、大阪府特別顧問に就任 2012年 衆議院議員(日本維新の会)

横田 滋先生による「国家観養成講座」

講師/横田 滋先生

開催日/2013年10月21日

10月21日、拉致被害者家族会前代表の横田滋さんを講師にお迎えし、 国家観養成講座が開催されました。

横田めぐみさんのおいたちを振り返りながら、拉致に至る経緯について、当時の詳細を克明に語っていただきました。

失踪から20年たって拉致の事実が発覚し、 その間、横田さんがどのように活動されてきたのかについてもお話しくださいました。
他国によって日本人が拉致されるという事態に、 国家としてどう対応すべきかということについて考えさせられる内容でした。
私達ひとりひとりがこの問題に対して、 真剣に考え、行動していくことが求められていると思います。

今回徳真会グループとして、362名の署名と、 157,270円の募金をお渡しさせていただきましたが、 これにとどまらず今後も継続してこの問題に取り組んでいきたいと思います。

<横田 滋先生プロフィール>

拉致被害者家族会前代表 1932年生まれ 1951年 北海道札幌南高を卒業、日本銀行に入行 1977年 日本銀行広島支店から新潟支店に転勤となり 一年余り経ち、長女めぐみさんが北朝鮮による拉致被害を受ける。 1997年 脱北した北朝鮮の工作員の証言により、拉致の事実がようやく確認される。 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」を結成、代表就任 2007年 代表辞任

松原 仁先生による「国家観養成講座」

講師/松原 仁先生

開催日/2013年8月29日

8月29日、元国家公安委員長を務められた松原仁先生を講師にお迎えして国家観養成講座が開催されました。
今回の講義では、国家公安委員長を務められた際に、拉致被害者の方々の救済のために奮闘された経験をお聞かせ頂きました。

「拉致」は、「誘拐」とは違って国家主権と人権の侵害であり、これまで日本は主権を重要視してこなかったことが大きな問題で、それは、敗戦に伴って、物理的にも精神的にも日本が誇りや自信を失った故のものであると力強く語られました。

神話のない民族は滅びると言われているように、今後、日本が世界の国々と対等に渡り合っていくためには、日本の若者が松原氏の著書にもあるように、『アニマルマインド』を持てるような国になっていく必要があるとお話頂きました。

閉鎖的な歯科医療業界の現状を打破すべく、時代先駆の組織創りを行い、また、グローバルな展開を行ってきた徳真会グループにとって、今後の活力となるような素晴らしいご講義を頂きました。
私たち徳真会グループは、現状に満足することなく、自信と誇りをもって、患者様のためにたゆまぬ努力と挑戦を続けていきます。

<松原 仁先生プロフィール>

衆議院議員 1956年生まれ 1981年 早稲田大学商学部卒業 1981年 財団法人松下政経塾に入塾(第二期生) 1989年 東京都議会議員(~1996年まで二期) 2000年 衆議院議員(現在四期目) 2007年 新潟県中越沖地震党対策本部事務局次長に就任 2011年 国土交通副大臣就任 2012年 野田改造内閣の国務大臣に就任 国家公安委員会委員長 内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 拉致問題担当

蒲島 郁夫先生による「第96回 一燈塾」

講師/蒲島 郁夫先生

開催日/2013年7月

高卒で農協に務めた後、アメリカに渡り苦学の末、ハーバード大学大学院で博士課程を取得され、東京大学の教授となった異色の経歴を持つ蒲島郁夫熊本県知事から、「行政の新フロンティア」という演題で、「人生の可能性」「蒲島県政」「くまモンの政治経済学」の3点からお話をして頂きました。

知事の半生を振り返りながら、人生が拓けたのは、貧困の環境の中でも逆境を逆境ととらえず、前向きに努力をしてきたことにその理由があり、それは、不況下でもダイナミックな政策を実行し続けることができた県政運営に活きているとお話頂きました。 そして、ここ最近のくまモンの人気ぶりもただの偶然や、単にキャラクターのかわいさだけではなく、たくさんの戦略の効果であるということも、とても興味深く拝聴することができました。

また、「皿を割ることを恐れるな(失敗を恐れずチャレンジするように)」、「できないと思うな、どうしたらできるか考えろ」、「国に頼るな、他県と比べるな、全国をリードせよ」、という考えを職員に示し、『管理型・指導型の行政』ではなく、『みんなでシェアする行政』という知事独自の運営方針で、チーム全体でアイデアを出し、目標に向かって取り組まれているという点に多くの気づきを得ました。

「医療は人なり」という理念のもとに、チーム医療を展開し、患者様本位の医療を展開してきた徳真会グループにとって、大変心に響く有難いご講義を頂きました。

<蒲島 郁夫先生プロフィール>

熊本県知事 1962年生まれ 同志社大学法学部卒業 大和証券(株)を経て、松下政経塾入塾 京都大学大学院修士課程修了 京都と東京の地域政経塾塾頭を経て、1995年さきがけ京都第一総支部長 1996年 衆院選に旧民主党より出馬(落選) 1998年 参院選京都選挙区で初当選 2002年 民主党京都府連会長に就任 2004年 参院選京都選挙区で再選(二期目) 2005年 参議院環境委員長 2007年 民主党参議院政策審議会長、民主党政策調査会長代理に就任 2008年 民主党地球温暖化対策本部事務総長に就任 2009年 外務副大臣に就任 2010年 内閣官房副長官に就任、参議院京都選挙区で再選(3期目) 2011年 参議院外交防衛委員長に就任 2012年 京都府身体障害者団体連合会会長に就任 【現職】 民主党京都府連常任顧問 京都造形芸術大学客員教授

小島 英記先生による「国家観養成講座」

講師/小島 英記先生

開催日/2013年7月

ジャーナリストとして国内外でご活躍され、2004年から本格的に作家業に入られた小島英記先生に、「歴史の中のリーダーシップ」という題目で、理想のリーダーシップとは何かという事を中心に、多くの歴史上のリーダーについて史実を交えながらご講演して頂きました。

歴史上にはたくさんの素晴らしいリーダーおり、その時代や背景によって形は変わりながらも、普遍的なリーダーシップの要諦があるということを学ばせて頂きました。

同時に、リーダーの歴史は権力の歴史でもあるとの観点から、戦国時代から幕末までのリーダーの変遷や西洋から東洋に至るまでのリーダーのあり方など、権力との関係性から掘り下げられたリーダー論は大変興味深いものでした。

国家観を育むには、正しい歴史観を持つことから始めなければなりません。 今回は総論として大変多くの人物を取り上げて頂き、とても贅沢なご講義を頂きました。

<小島 英記先生プロフィール>

作家 1945年生まれ 1945年 福岡県八女市生まれ 1970年 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 日本経済新聞社入社。 東京本社編集局経済部配属。金融記者クラブ 1972年 日本経済研究センター委託研究生 1974年 東京本社編集局経済部。虎ノ門記者クラブ(通産省) 1975年 東京本社編集局経済部。交通政策研究会(運輸省記者クラブ) 1976年 日経ビジネス誌記者 1981年 東京本社編集局社会部。遊軍 1984年 遊軍キャップ 1985年 遊軍キャップ。国際部 1986年 パリ特派員 1989年 東京本社編集局社会部次長 1990年 東京本社編集局社会部次長。文化部編集委員 2004年 7月退社、作家となる

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

講師/前原 誠司先生

開催日/2013年5月

国務大臣や与党政調会長など、国政の要職を務められている前原先生より、「日本再生への針路」と題して、日本の成長戦略についてご講義頂きました。

人口減少や少子高齢化、莫大な財政赤字や長引くデフレなど、日本を取り巻く様々な成長の制約要因について、豊富なデータを基に独自の視点から分析を頂いたうえで、①少子化対策、②歳出削減、③成長戦略の3つの観点から、「活力があり、持続可能な日本」を導くための方向性や具体的政策についてご講義頂きました。

データに裏付けられた分析をもとに、大局観に立って具体的な解決策を提示し、実行をされてこられた前原先生のご講義から、大局的なものの見方や考え方を学ぶ大変貴重な機会となりました。

<前原 誠司先生プロフィール>

1962年生まれ 京都大学法学部(国際政治 高坂正堯ゼミ)卒業。 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、 外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、 国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。 1987年 財団法人松下政経塾第8期生として入塾。 1991年 京都府議会議員選挙にて28歳で初当選。 1993年 第40回衆議院議員総選挙において初当選。 以降連続8期当選。 <現職> 民主党ネクスト財務・金融担当大臣 予算委員会筆頭理事、財務金融委員会委員 <過去職> 民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12・13代)、外務大臣(第144代)、 民主党政策調査会長(第11代)、国家戦略担当大臣、海洋政策担当大臣、 内閣府特命担当大臣等を歴任。

福山 哲郎先生による「第95回 一燈塾」

講師/福山 哲郎先生

開催日/2013年4月

1998年の初当選から3期15年目を迎える議員経験の中で、数々の実績を残してきた福山氏。
特に、2011年の東日本大震災発生時の内閣官房副長官として、原発事故の対応に奔走された点は、歴史に残る大仕事であったといえます。 前回は、当時の臨場感のあるお話を一燈塾において語っていただきました。
しかしながら、福山氏の政治家としての強いリーダーシップは一朝一夕になったものではありません。その裏には、高い志とあくなき挑戦の連続がありました。
そこで今回は、政治を志した原点から松下政経塾時代の経験、そして初当選を果たすまでの半生を語っていただきました。

<福山 哲郎先生プロフィール>

政治家 参議院議員 元内閣官房副長官 1962年生まれ 同志社大学法学部卒業 大和証券(株)を経て、松下政経塾入塾 京都大学大学院修士課程修了 京都と東京の地域政経塾塾頭を経て、1995年さきがけ京都第一総支部長 1996年 衆院選に旧民主党より出馬(落選) 1998年 参院選京都選挙区で初当選 2002年 民主党京都府連会長に就任 2004年 参院選京都選挙区で再選(二期目)  2005年 参議院環境委員長 2007年 民主党参議院政策審議会長、民主党政策調査会長代理に就任 2008年 民主党地球温暖化対策本部事務総長に就任 2009年 外務副大臣に就任 2010年 内閣官房副長官に就任、参議院京都選挙区で再選(3期目) 2011年 参議院外交防衛委員長に就任 2012年 京都府身体障害者団体連合会会長に就任 <現職> 民主党京都府連常任顧問 京都造形芸術大学客員教授 <過去職> 内閣官房副長官

福山 哲郎先生による「国家観養成講座」

講師/福山 哲郎先生

開催日/2013年2月

2011年3月11日、東日本大震災という未曽有の大災害が発生した際、当時内閣官房副長官のポストにあった福山哲郎氏は、菅総理(当時)、枝野官房長官(当時)らととともに緊急災害対策本部を立ち上げ、各地の被害への対応につとめられました。
震災当時、情報が交錯し、各省庁や東電の回答や対応に困難を極めたこと、マスコミからの猛烈な政治批判が行われた時の対応やその際に感じたことを、お話していただきました。

また、地震発生からの官邸内での出来事や、政府の対応の裏側までうかがえるご講義をしていただきました。

<福山 哲郎先生プロフィール>

政治家 参議院議員 元内閣官房副長官 1962年生まれ 同志社大学法学部卒業 大和証券(株)を経て、松下政経塾入塾 京都大学大学院修士課程修了 京都と東京の地域政経塾塾頭を経て、1995年さきがけ京都第一総支部長 1996年 衆院選に旧民主党より出馬(落選) 1998年 参院選京都選挙区で初当選 2002年 民主党京都府連会長に就任 2004年 参院選京都選挙区で再選(二期目)  2005年 参議院環境委員長 2007年 民主党参議院政策審議会長、民主党政策調査会長代理に就任 2008年 民主党地球温暖化対策本部事務総長に就任 2009年 外務副大臣に就任 2010年 内閣官房副長官に就任、参議院京都選挙区で再選(3期目) 2011年 参議院外交防衛委員長に就任 2012年 京都府身体障害者団体連合会会長に就任 <現職> 民主党京都府連常任顧問 京都造形芸術大学客員教授 <過去職> 内閣官房副長官

竹田 恒泰先生による「国家観養成講座」

講師/竹田 恒泰先生

開催日/2012年11月

古事記の朗読会を行うなど、日本の国姿を知る機会を積極的に広げられている竹田氏に、神話と国の成り立ち、歴史教育、憲法など日本人の精神に結びつく考えとその現実について語っていただきました。

日本のルーツや、日本人に受け継がれてきた考えをあらためて見直し、「日本人でよかった」と思っていただくきっかけになる国家観養成講座となりました。

<竹田 恒泰先生プロフィール>

作家、慶應義塾大学講師(憲法学) 昭和50年、旧皇族・竹田家に生まれる 明治天皇の玄孫に当たる 慶應義塾大学法学部卒業 憲法学・史学の研究に従事 平成18年に著書『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で山本七平賞を受賞 その他著書に『エコマインド~環境の教科書』(ベストブック)、『皇族へのソボクなギモン』(扶桑社、共著)、『旧皇族が語る天皇の日本史』(PHP新書)などがある

平尾 誠二先生による「第94回 一燈塾」

講師/平尾 誠二先生

開催日/2012年7月

「個」が強くならなければ、強い「組織」などつくれるはずがない。
強い「個」とは何か、リーダーに必要な要素とは何か。
強い「個」とリーダーが存在する組織とはどんな機能を果たすのか。
また、そのような組織をどう創造したらいいのか。

元ラグビーの日本代表選手であった平尾氏による ラグビーの選手や監督としての経験を通じ、学び考えた、 「人を育て、組織を動かすためには」といった、 リーダーシップ論、組織論を痛快にお話していただきました。

<平尾 誠二先生プロフィール>

1963年 京都市生まれ。 同志社大学大学院「総合政策科学研究科」 修士課程修了。 1975年 京都市立陶化中学入学と同時にラグビーを始める。 伏見工業高校3年時、全国大会優勝。 同志社大学在学中、史上初の大学選手権3連覇に貢献。 卒業後、1年間の英国留学を経て、1986年に(株)神戸製鋼所に入社。 入社3年目よりチームを7年連続日本一に導く。 1987,1991,1995年のワールドカップに、3大会連続して出場。 1991年時はキャプテンを務め、日本代表初勝利を飾る。日本代表キャップ35。 現役引退後は、1997年から2000年まで日本代表監督を務め、1999年のワールドカップにチームを導く。 神戸製鋼ラグビー部では、ゼネラルマネージャーとしてチームの運営にあたる。 一方で、2000年、「スポーツに関心を寄せるすべての人々のコミュニティーの健全な発展に寄与する」ことを目的に、特定非営利活動法人 スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(略称SCIX)を設立し、理事長に就任。 2011年2月 文部科学省 中央教育審議会 委員に就任。 2012年5月(財)ラグビーワールドカップ2019組織委員会 理事 就任。 ※2006年4月~2007年3月 (財)日本ラグビーフットボール協会 理事 ※2008年7月~2010年7月 (財)日本サッカー協会 理事

瀬古 利彦先生による「第93回 一燈塾」

講師/瀬古 利彦先生

開催日/2012年7月

日本至上最強のランナー"と言われ、日本のマラソン選手の中でも輝かしい成績を残してきた瀬古氏。

「継続は力なり。されど惰性の継続は退歩だ」と語り、日々の練習に勤しんだ瀬古氏は”走る修行僧"とも呼ばれました。

今回の「一燈塾」では、日本の長距離界をリードし続けた、瀬古氏の学生時代の楽しいエピソードから現役引退後の選手育成に至るまで幅広く、笑いも交えながらの楽しい講演をしていただきました。

<瀬古 利彦先生プロフィール>

元マラソンランナー 1956年三重県桑名市生まれ 高校時代(四日市工業高)にインターハイで2年連続2冠(800メートル、1500メートル)。 福岡国際マラソンでは、学生としては異例の2連覇。 1980年エスビー食品株式会社入社。 マラソン成績は福岡国際マラソン4勝をはじめ、東京、びわ湖、ボストン、ロンドン、シカゴ等、世界の主要な大会を制し、日本のマラソンブームを創りあげた。 指導成績としては、2001年別府大分マラソン西田隆維、2002年びわ湖毎日マラソン武井隆次、2003年福岡国際マラソン国近友昭らを優勝させ、国近は2004年のアテネオリンピック日本代表となる。 また、1990年~93年に早稲田大学競走部コーチも兼任、1993年には箱根駅伝で同校を優勝に導いた。 1994年4月より財団法人日本オリンピック委員会理事に就任 2005年より財団法人日本陸上競技連盟理事。 2007年12月より東京都教育委員に任命 2011年4月より(公財)日本陸上競技連盟 理事・(特非)日本オリンピアンズ協会 理事

菊田 まきこ先生による「国家観養成講座」

講師/菊田 まきこ先生

開催日/2012年6月

日本が抱える大きな問題の一つとして、少子高齢化と、それに伴う経済停滞があげられます。 国民所得を維持しながら労働生産性を高めていくこと、また、社会保障と税の一体改革について、 菊田まきこ議員に語っていただきました。

公平・公正な社会に向けて日本は何を克服しなければならないのか。
外務政務官を経験され、現在は外務委員会理事であられる菊田議員ならではの視点から、 世界および日本が直面している課題について、分かりやすくご解説いただきました。

<菊田 まきこ先生プロフィール>

政治家 衆議院議員 1969年 新潟県加茂市に生まれる A型 さそり座 1995年 加茂市議会議員に全国最年少(25歳)で初当選 1999年 加茂市議会議員選挙2期連続トップ当選 2000年 衆議院議員選挙新潟4区自由党公認で初出馬     2694票差で惜敗 2003年 衆議院議員選挙新潟4区に民主党公認で出馬     初当選 2005年 衆議院議員選挙新潟4区に民主党公認で出馬     2期連続当選 2009年 衆議院議員選挙新潟4区に民主党公認で出馬     3期連続当選 <現職> 民主党政策調査会副会長(外務部門会議座長) 外務委員会理事 科学技術・イノベーション推進特別委員会筆頭理事 <過去職> 外務大臣政務官 民主党副幹事長

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

開催日/2011年8月
講師プロフィール/前原 誠司 氏(衆議院副代表)

平尾 誠二先生による「第92回 一燈塾」

講師/平尾 誠二先生

開催日/2011年5月

中学からラグビーに打ち込み、全日本制覇を成し遂げた経験から平尾氏が学んだのは、チームメンバー一人ひとりが主体性を持ち、行動することの大切さでした。

従来の日本型の常識や固定観念にとらわれていては、刻々と流れゆく時代に対応することはできません。

スポーツにおいても、企業経営においても重要な課題である「個人」と「組織」の関係性について語っていただきました。

平尾氏の魂のこもったスポーツマンシップと熱い経営理念に触れられた一燈塾となりました。

<平尾 誠二先生プロフィール>

1963年 京都市生まれ。 同志社大学大学院「総合政策科学研究科」 修士課程修了。 1975年 京都市立陶化中学入学と同時にラグビーを始める。 伏見工業高校3年時、全国大会優勝。 同志社大学在学中、史上初の大学選手権3連覇に貢献。 卒業後、1年間の英国留学を経て、1986年に(株)神戸製鋼所に入社。 入社3年目よりチームを7年連続日本一に導く。 1987,1991,1995年のワールドカップに、3大会連続して出場。 1991年時はキャプテンを務め、日本代表初勝利を飾る。日本代表キャップ35。 現役引退後は、1997年から2000年まで日本代表監督を務め、1999年のワールドカップにチームを導く。 神戸製鋼ラグビー部では、ゼネラルマネージャーとしてチームの運営にあたる。 一方で、2000年、「スポーツに関心を寄せるすべての人々のコミュニティーの健全な発展に寄与する」ことを目的に、特定非営利活動法人 スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(略称SCIX)を設立し、理事長に就任。 2011年2月 文部科学省 中央教育審議会 委員に就任。 2012年5月(財)ラグビーワールドカップ2019組織委員会 理事 就任。 ※2006年4月~2007年3月 (財)日本ラグビーフットボール協会 理事 ※2008年7月~2010年7月 (財)日本サッカー協会 理事

橋 凡子先生による「第91回 一燈塾」

講師/橋 凡子先生

開催日/2011年3月

歌手・俳優である橋幸夫氏と結婚後、 夫婦間の孤独とすれ違い、認知症の姑の介護など 幾多の困難と葛藤を乗り越えた経験が、 橋凡子氏の夫婦や家族についての考えを 深く強く、確かなものへと築き上げていきました。

妻として、嫁として、母として、 また、働く女性として、生き生きと輝き続ける橋凡子氏に 家族の大切さ、人は何のために生きるのかについて語っていただきました。

<橋 凡子先生プロフィール>

エッセイスト 1947年5月11日、熊本市に生まれ小学校4年生の時 東京に移り住む 学校を卒業後、日本航空に入社。国際線スチュワーデスとして、世界の空を飛び回る。その空の上で、歌手 橋 幸夫氏と 不思議な糸によって巡り合い、1970年6月退職、翌1971年1月26日結婚 その後、長女と長男が誕生し現在は二人の孫の祖母でもある 1982年4月から1985年3月まで、フジテレビのワイドショー司会を担当。好評を博す その間エッセイストとしても活躍、「ドアを閉めた後で」「大霊感」「菩薩拳」「魂(スピリッツ)」などがある 2001年結婚30周年に夫婦で共著した「別れなかった理由・夫婦の絆を求めて」は7万部を越えるベストセラーとなった。姑が認知症になりそれを看取った経験から、老人問題にも関心を寄せ、さらに人は何の為に生きるかと言う観点を交えながら「夢の架け橋~心の世界~」と題しての講演は、多くの人々の心を魅了し続けている

古葉 竹識先生による「第90回 一燈塾」

講師/古葉 竹識先生

開催日/2010年10月

広島の監督時代、積み重ねた711勝
機動力を中心とした「赤ヘル野球」でリーグの頂点に立った古葉監督は、ただ厳しさだけで業績を重ねたのではありません。
スイッチヒッターの育成、オールラウンドプレイヤーの要請など、古葉氏が取り組んだ改革は、球界の常識として 各球団に受け継がれています。

三年連続最下位からの優勝。
その「耐えて勝つ」という戦術・戦略とともに生み出した合理的野球は、人材を見極めることや、企業の経営にもつながる部分があります。

「勝つための条件」について、名称・古葉氏にご講演いただきました。

<古葉 竹識先生プロフィール>

野球解説者 東京国際大学硬式野球部監督 元プロ野球選手・監督 1963年生まれ 京都府京都市南区出身 1958年広島カープ入団 1964年、1968年盗塁王に輝く この事がのちの監督時代のチーム作りの礎となった 1975年5月広島カープ監督就任 広島カープ創立26年目にして、セ・リーグ初優勝を果たす 「本当に優勝したんですね」の名言を残す 著書「耐えて勝つ」出版 【監督通算成績】 873勝791敗137分/リーグ優勝4回/日本一3回/最優秀監督賞4回

三浦 雄一郎先生による「第89回 一燈塾」

講師/三浦 雄一郎先生

開催日/2010年10月

「夢」があるから努力が出来る、そしてその努力が「生きがい」となる。いくつになっても夢を持ち、あきらめないことが大切なのだと学びました。
三浦氏のお話は夢を通してこれからの私たちの「生き方」を考えさせられる内容で、大変貴重な講演となりました。

<三浦 雄一郎先生プロフィール>

プロスキーヤー 冒険家 1932年青森市に生まれる。 北海道大学獣医学部卒業後、1964年イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加、時速172.084キロの当時の世界新記録樹立。1966年富士山直滑降。 1970年エベレスト・サウスコル8000m世界最高地点スキー滑降(ギネス認定)を成し遂げ、その記録映画 [THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST] はアカデミー賞を受賞。 1985年世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。 2003年、5月、次男で元オリンピック選手の豪太とともに世界最高峰エベレスト山(8848m)登頂。当時の世界最高年齢登頂(70歳)と初の日本人親子同時登頂の記録を樹立。 2008年5月、75歳にてエベレスト2度目の登頂を果たす。アドベンチャー・スキーヤーとしてだけでなく、全国に1万人いる広域通信制高校、クラーク記念国際高等学校の校長として、また行動する知性人として国際的に活躍中。 記録映画、写真集、著書多数。

橋 幸夫先生による「第88回 一燈塾」

講師/橋 幸夫先生

開催日/2010年10月

歌手として、「潮来笠」、「いつでも夢を」「霧氷」など多くのヒット曲を持つだけでなく、俳優としてお数々のドラマや舞台で 活躍されている橋幸夫氏。

橋氏の人情味あふれる思いは、歌やドラマの世界だけにとどまりません。
震災で被災した方々へ向けてのチャリティーコンサートを行ったり、認知症の実母の介護にご家族で取り組み、医療・介護問題についても 多大なる関心を寄せていらっしゃいます。

「一燈塾」では、橋氏の歌手として、また人としての生きる道を説いていただきました。

<橋 幸夫先生プロフィール>

演歌歌手 役者 1960年デビュー曲「潮来笠」の爆発的大ヒットで、日本レコード大賞新人賞の第一号受賞者となる また、その年のNHK「紅白歌合戦」の出場から連続17回、計19回出場 老人性認知症の実母と橋幸夫一家の物語を描いた「お母さんは宇宙人」がベストセラーになり、日本の老人医療・介護問題に一石を投じる 今年2010年、芸能生活50周年を迎える

杉山 邦博先生による「第87回 一燈塾」

講師/杉山 邦博先生

開催日/2010年9月

スポーツアナウンサーとして、多くの名場面を人情感あふれる言葉で中継し、 「泣きの杉山、泣かせの杉山」と呼ばれた杉山氏。
中でも、大相撲中継は45年間担当し、アナウンサーを引退された現在でも、放送ジャーナリストとしてスポーツの振興に寄与されています。

スポーツに関する豊富な知識と、スポーツにかける熱い思いがあるからこそ スポーツアナウンサーとしての道を貫いてこられた杉山氏に、「心・技・体」を磨きあげて己に打ち勝つとはどういうことかを学ばせていただいた一燈塾となりました。

<杉山 邦博先生プロフィール>

日本福祉大学生涯学習センター長・客員教授 元NHKアナウンサー 1953年早稲田大学文学部卒業後、NHK入社 スポーツアナウンサーとして各種のスポーツ放送を担当 東京・メキシコオリンピックをはじめ、スポーツのビッグイベント番組を経験し豊富な知識と手堅い語り口は、専門家から高く評価されてきた なかでも、大相撲放送は45年間継続して担当 この道の第一人者

紀里谷 和明先生による「第86回 一燈塾」

講師/紀里谷 和明先生

開催日/2010年8月

写真家、ミュージッククリップ監督として多くの作品を生み出すだけでなく、「CASSHERN」「GOEMON」など、映画監督としても活躍の場を広げる紀里谷和明氏。

限界を知らないその創作意欲は、「私なんて」という概念にとらわれず、自分が正しいと思うこと、やりたいことに素直に挑戦し続けることから生み出されています。

「何かを生み出すことができるのは、自分が信じたものに妥協せず命をかけられる人」
そう語る紀里谷氏にご講演いただきました。

<紀里谷 和明先生プロフィール>

映画監督 1968年熊本県生まれ 1983年に渡米し、ニューヨークをベースにフォトグラファーとして活動 1994年から、宇多田ヒカル、SMAP、大黒摩季、MISIA、ザザンオールスターズなどの CDジャケットやミュージックビデオを手がける 映画監督としても活躍の場を広げており、2004年に「CASSHERN」、2009年に「GOEMON」を公開

小野 晋也先生による「国家観養成講座」

開催日/2010年8月
講師プロフィール/小野 晋也氏(元衆議院議員)

伊藤 赤水先生による「第85回 一燈塾」

講師/伊藤 赤水先生

開催日/2010年7月

伊藤家の祖先が佐渡に来て300年あまり、その間途切れることなく焼き物づくりに携わってきている家の歴史を重く受け止め、試行錯誤 を繰り返し、無名異窯の伝統を守りつづけてきた伊藤赤水氏。
赤水氏が創り上げる赤と黒の「窯変」は、古代、土器が土と火の芸術であったことを思い起こさせる迫力に満ち溢れています。

『佐渡でしかできないこと』にこだわり、「無名異窯」に魂を込め続けてきた赤水氏の熱き魂に、触れることができた一燈塾となりました。

<伊藤 赤水先生プロフィール>

陶芸家 人間国宝 1941年新潟県生まれ 四代伊藤赤水の長男として生まれる 1972年第19回日本伝統工芸展入選、以降入選 1977年五代伊藤赤水を襲名 1977年日本伝統工芸展・高松宮賞 2003年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定 2005年紫綬褒章受章 所蔵:文化庁・国立近代美術館、スミソニアン博物館、ビクトリア・アンド・アルバード美術館、メトロポリタン美術館 日本工芸会参与

菊田 真紀子先生による「国家観養成講座」

開催日/2010年7月
講師プロフィール/菊田 真紀子氏(衆議院議員)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2010年6月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(新潟国際情報大学 学長、前新潟県知事)

上甲 晃先生による「国家観養成講座」

開催日/2010年6月
講師プロフィール/上甲 晃氏(志ネットワーク代表)

孔 健先生による「第84回 一燈塾」

講師/孔 健先生

開催日/2010年5月

紀元前6世紀、中国の聖人といわれた孔子や弟子たちにより記された『論語』。
孔子の教えは、現在でも色褪せることなく、私たちが社会で生きる中で大切な道しるべを示しつづけています。

日中の友好関係促進に寄与されている孔氏に、「一燈塾」にてご講演いただきました。
中国と日本の地域性、民族性や考え方について、また、孔子が説かれた正しい生き方について学び、日常生活で重んじるべき道を見直すきっかけを頂きました。

<孔 健先生プロフィール>

孔子第75代子孫 SBI大学院大学教授 1958年生まれ 山東大学日本語学科卒業後、中国最大の政府グラフ誌「中国画報社」に勤務 1985年、中国画報社の日本総代表として来日 1996年、週報チャイニーズドラゴン新聞を日本において創刊 その編集主幹に携わる傍ら、NPO法人日中経済貿易促進協会理事長、日中文化スポーツ交流協会理事長、中国画報協会副会長、中国国学院院長、SBI大学院大学教授、孔子文化大学教授、サイバネットテクノロジ株式会社会長など兼務 孔子思想の普及、日中経済交流の促進および日中関係の改善に努めている

越智 直正先生による「第83回 一燈塾」

講師/越智 直正先生

開催日/2010年3月

世界に誇る日本の技術を守るために国内生産にこだわりつづける靴下業界の先駆者「タビオ株式会社」。

タビオ株式会社の会長 越智 直正氏は、15歳で靴下問屋に就職して以来、靴下一筋の人生を歩まれています。SCMの先進導入企業となるなど、業界内外で高い評価を受けるタビオの「モノづくりの真髄」を越智 直正氏に語っていただきました。
靴下を通して、経営とは何かを常に自問自答し続けられた越智 氏より、タビオ株式会社が今日に至るまでの軌跡をお話いただけました。

<越智 直正先生プロフィール>

タビオ株式会社 代表取締役会長 1939年愛媛県周桑郡周布村(現・西条市)生まれ 15歳の時大阪のキング靴下鈴鹿商店に丁稚奉公に入る 13年間働き続け、靴下屋になることが自分の天命だと思うようになり、28歳の時に独立 1984年駅ビル、ファッションビルに出店する「靴下屋」をフランチャイズ方式で展開 2000年10月大阪証券取引所市場第2部に上場 百貨店向けの「ショセット」という新しいブランドで全国に店舗を拡大 2002年イギリスのロンドンに「タビオ」1号店を開店

黒木 知宏先生による「第82回 一燈塾」

講師/黒木 知宏先生

開催日/2009年7月

1994年の千葉ロッテマリーンズ入団以来、チームのエースとして活躍し、一球入魂の情熱的なピッチングスタイルから、“魂のエース”と呼ばれ球界を代表する投手となった黒木氏。

野球を誰よりも愛し、野球に対する揺るぎない情熱は、見るものを魅了してやみません。 一方で、度重なる怪我による苦闘のリハビリ生活でどん底を経験され、強靱な精神力で復活を果たした姿に多くの人々が勇気を与えられました。 決して順風満帆ではなかった野球人生を通じて、様々な挑戦や葛藤と向き合ってきた黒木氏が現在も大切にしていることは、「一日一回、全力を出すこと」。 今もなお、挑戦し続ける、黒木氏の心の叫びをお話いただきました。

<黒木 知宏先生プロフィール>

元プロ野球選手 1994年ドラフト2位でロッテに入団 1997年初の防御率2点台を記録。小宮山悟と共に「チームのダブルエース」となる 2000年日本代表シドニー五輪に出場 2001年松坂大輔を抑えオールスターのファン投票で1位に抜擢 引退後は、野球解説を勤める傍ら、「ジョニープロジェクト」を立ち上げ、自らを育ててくれた「野球」の更なる発展、普及活動に力を入れる元プロ野球選手)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2009年6月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(新潟国際情報大学 学長、前新潟県知事)

谷口 浩美先生による「第81回 一燈塾」

講師/谷口 浩美先生

開催日/2009年5月

日本体育大学を卒業された後、旭化成に入社され、日本のマラソン選手の中でも、特に数々の輝かしい成績を残した谷口氏。しかし、その陰では、人一倍努力をしていた事実があったことは、あまり知られていません。

数々の輝かしい成績は、どうやったら勝てるかを常に考え、情報を集め、時間の使い道を徹底的に工夫した賜物なのです。 谷口氏にとって自分らしさとは、「喜んでくれる人がいる限り、走り続けること」 谷口氏が走ることによって、数多くの人々に感動を与えてきた事は、言うまでもありません。そんな谷口氏の信念を学ばせていただいた一燈塾となりました。

<谷口 浩美先生プロフィール>

元マラソン選手 東京電力長距離・駅伝チーム監督 日本体育大学では駅伝のエース 旭化成に入社し、1985年初マラソンの別府大分毎日で優勝 1989年東京国際、1990年ロッテルダム、1991年世界陸上で優勝 1992年バルセロナ五輪では転倒したが8位入賞 1997年引退 現在は東京 電力長距離・駅伝チーム監督 日本男子歴代6位

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

開催日/2009年5月
講師プロフィール/前原 誠司 氏(衆議院副代表)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2009年3月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(新潟国際情報大学 学長、前新潟県知事)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2008年11月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(新潟国際情報大学 学長、前新潟県知事)

山口 良治先生による「一燈塾」

開催日/2008年9月
講師プロフィール/山口 良治氏(京都市立伏見高等学校ラグビー部総監督)

清水 秀雄先生による「第79回 一燈塾」

開催日/2008年8月
講師プロフィール/清水 秀雄氏((株)トップカルチャー 代表取締役社長)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2008年8月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(新潟国際情報大学 学長、前新潟県知事)

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

開催日/2008年7月
講師プロフィール/前原 誠司 氏(衆議院議員)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2008年6月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(新潟国際情報大学 学長、前新潟県知事)

片方 善治先生による「第78回 一燈塾」

開催日/2008年4月
講師プロフィール/片方 善治氏(国連開発 NPO法人 日本DEVNET協会 会長)

後藤 孝志先生による「第77回 一燈塾」

開催日/2008年3月
講師プロフィール/後藤 孝志氏(スカイパーフェクトTV メジャーリーグ解説者)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2007年11月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(前新潟県知事)

更家 悠介先生による「第76回 一燈塾」

開催日/2007年10月
講師プロフィール/更家 悠介氏(サラヤ株式会社 代表取締役社長)

三浦 雄一郎先生による「第75回 一燈塾」

開催日/2007年9月
講師プロフィール/三浦 雄一郎 氏(プロスキーヤー クラーク記念国際高等学校校長)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2007年7月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(前新潟県知事)

道場 六三郎先生による「第74回 一燈塾」

開催日/2007年3月
講師プロフィール/道場 六三郎氏(料理人)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2006年10月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(前新潟県知事)

山下 泰裕先生による「第73回 一燈塾」

開催日/2006年8月
講師プロフィール/山下 泰裕氏(東海大学体育学部教授)

小田 禎彦先生による「第72回 一燈塾」

開催日/2006年7月
講師プロフィール/小田 禎彦氏((株)加賀屋 代表取締役会長)

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

開催日/2006年7月
講師プロフィール/前原 誠司 氏(衆議院議員)

大谷 勝彦先生による「第71回 一燈塾」

開催日/2006年5月
講師プロフィール/大谷 勝彦氏((株)大谷 代表取締役)

前原 誠司先生による「国家観養成講座」

開催日/2005年11月
講師プロフィール/前原 誠司 氏(元民主党党首)

平山 征夫先生による「国家観養成講座」

開催日/2005年10月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(前新潟県知事)

藤田 史郎先生による「第70回 一燈塾」

開催日/2005年9月
講師プロフィール/藤田 史郎氏((株)NTTデータ シニアアドバイザー)

谷井 昭雄先生による「第69回 一燈塾」

開催日/2005年7月
講師プロフィール/谷井 昭雄 氏(松下電器産業(株) 特別顧問)

平山 征夫先生による「第68回 一燈塾」

開催日/2005年6月
講師プロフィール/平山 征夫 氏(前 新潟県知事)

前原 誠司先生による「第67回 一燈塾」

開催日/2005年5月
講師プロフィール/前原 誠司 氏(衆議院議員)

原 邦生先生による「第66回 一燈塾」

開催日/2005年3月
講師プロフィール/原 邦生 氏((株)メリーチョコレートカムパニー代表取締役)

三浦 雄一郎先生による「第65回 一燈塾」

開催日/2004年9月
講師プロフィール/三浦 雄一郎 氏(プロスキーヤー クラーク記念国際高等学校校長)

高橋 忠之先生、 木野 親之先生による「第64回 一燈塾」

開催日/2004年8月
講師プロフィール/高橋 忠之先生(元伊勢志摩観光ホテル支配人兼総料理長)
講師プロフィール/木野 親之先生(元松下電送社長)

紀里谷 和明先生による「第63回 一燈塾」

開催日/2004年7月
講師プロフィール/紀里谷 和明 氏(写真家・映画監督)

輪島 大士先生による「第62回 一燈塾」

開催日/2004年7月
プロフィール/輪島 大士 氏(元54代横綱/実業団アメリカンフットボール部学生援護会ROCKBULL総監督)

高橋 誠之助先生による「第60回 一燈塾」

開催日/2004年3月
講師プロフィール/高橋 誠之助 氏(財団法人松下社会科学振興財団支配人)

藤尾 秀昭先生による「第60回 一燈塾」

開催日/2003年11月
講師プロフィール/藤尾 秀昭 氏(致知出版社代表取締役)

木野 親之先生による「第59回 一燈塾」

開催日/2003年10月
講師プロフィール/木野 親之 氏(元松下電送社長)

渡部 昇一 先生による「第58回 一燈塾」

開催日/2003年9月
講師プロフィール/渡部 昇一 氏(上智大学名誉教授)

高橋 忠之先生による「第57回 一燈塾」

開催日/2003年8月
講師プロフィール/高橋 忠之 氏(元志摩観光ホテル総支配人兼総料理長)

青木 定雄先生による「第56回 一燈塾」

開催日/2003年8月
講師プロフィール/青木 定雄 氏(MKグループ オーナー)

具志堅 用高先生による「第55回 一燈塾」

開催日/2003年6月
講師プロフィール/具志堅 用高 氏(元プロボクシング世界チャンピオン)

大原 久治先生による「第54回 一燈塾」

開催日/2002年11月
講師プロフィール/大原 久治 氏(雪国植物園園長)

加藤 義和先生による「第53回 一燈塾」

開催日/2002年10月
講師プロフィール/加藤 義和 氏(加ト吉社長)

木野 親之先生による「第52回 一燈塾」

開催日/2002年9月
講師プロフィール/木野 親之 氏(元松下電送社長 日本情報通信総合経営研究所所長)

吉村 作治先生による「第51回 一燈塾」

開催日/2002年6月
講師プロフィール/吉村 作治 氏(早稲田大学教授)

上甲 晃先生による「第50回 一燈塾」

開催日/2002年5月
講師プロフィール/上甲 晃 氏(志ネットワーク 主宰)

村田 兆治先生による「第49回 一燈塾」

開催日/2002年3月
講師プロフィール/村田 兆治 氏(元プロ野球選手、野球評論家)

細川 佳代子先生による「第48回 一燈塾」

開催日/2001年11月
講師プロフィール/細川 佳代子 氏(スペシャルオリンピックス日本理事長)

松島 トモ子先生による「第47回 一燈塾」

開催日/2001年10月
講師プロフィール/松島 トモ子 氏(女優)

江夏 豊先生による「第46回 一燈塾」

開催日/2001年9月
講師プロフィール/江夏 豊 氏(元プロ野球選手)

小池 唯夫先生による「第45回 一燈塾」

開催日/2001年8月
講師プロフィール/小池 唯夫 氏(パシフィック野球連盟会長)